坂合部連が祖神を奉斎、明治期に矢作神社に合祀も、昭和に復興
[住所]大阪府八尾市小阪合町2-8-39
[電話]072-922-0789 - 山本八幡宮
阪合神社(さかあいじんじゃ)は、大阪府八尾市小阪合町にある神社。小阪合神社とも。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 河内国 若江郡「坂合神社二座」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
創祀年代は不詳。社名・鎮座地名などからみて、坂合部氏(坂合部連)が祖神を祀ったものと考えられている。
『旧事本紀』では「火明命十六世孫尾治坂合連、此の連、允恭天皇御世、為寵臣供奉」とある。また『新撰姓氏録』和泉国神別に「火闌降命七世孫夜麻等古命之後也」とある。
現在の御祭神は、瓊々杵尊・彦火火出見命。なぜかいずれも本人ではなく、皇統に連なるそれらの兄弟を充てている。また、鵜鵜草葺不合尊や素盞嗚命などの説がある。
ちなみに、楠根川を挟んだ南西側には、古墳時代の集落跡である小阪合遺跡がある。坂合部連との関連は不明。
『延喜式神名帳』の二座のうち、一座は弘仁式(840年)からの官社だったが、もう一座は貞観年間(859年-877年)に官社に加えられたという。
平安時代、元慶7年(883年)12月28日に堺神として、従五位下に進んだ。
近世には、小阪合村の氏神として崇敬されたが、明治40年(1907年)8月20日、矢作神社に合祀された。
戦後になり、昭和32年(1957年)、旧社地の現在地に復興した。例祭は10月12日で、秋例大祭。
境内社に鳴戸神社がある。江戸時代中期の宝暦6年(1756年)5月銘が入った旧鳥居柱が残る。
【ご利益】
厄災除け、一族・子孫繁栄、健康長寿
【関連記事】
・大阪府の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、大阪府に鎮座している神社の一覧
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阪合神社(さかあいじんじゃ)は、大阪府八尾市小阪合町にある神社。小阪合神社とも。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 河内国 若江郡「坂合神社二座」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
創祀年代は不詳。社名・鎮座地名などからみて、坂合部氏(坂合部連)が祖神を祀ったものと考えられている。
『旧事本紀』では「火明命十六世孫尾治坂合連、此の連、允恭天皇御世、為寵臣供奉」とある。また『新撰姓氏録』和泉国神別に「火闌降命七世孫夜麻等古命之後也」とある。
現在の御祭神は、瓊々杵尊・彦火火出見命。なぜかいずれも本人ではなく、皇統に連なるそれらの兄弟を充てている。また、鵜鵜草葺不合尊や素盞嗚命などの説がある。
ちなみに、楠根川を挟んだ南西側には、古墳時代の集落跡である小阪合遺跡がある。坂合部連との関連は不明。
『延喜式神名帳』の二座のうち、一座は弘仁式(840年)からの官社だったが、もう一座は貞観年間(859年-877年)に官社に加えられたという。
平安時代、元慶7年(883年)12月28日に堺神として、従五位下に進んだ。
近世には、小阪合村の氏神として崇敬されたが、明治40年(1907年)8月20日、矢作神社に合祀された。
戦後になり、昭和32年(1957年)、旧社地の現在地に復興した。例祭は10月12日で、秋例大祭。
境内社に鳴戸神社がある。江戸時代中期の宝暦6年(1756年)5月銘が入った旧鳥居柱が残る。
【ご利益】
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