神功皇后伝承、山頂に海の神を奉斎、江戸前期社殿、9月に岳祭り
波宝神社 奈良県五條市西吉野町夜中176
[住所]奈良県五條市西吉野町夜中176
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波宝神社(はほうじんじゃ)は、奈良県五條市西吉野町夜中にある神社。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「波宝神社(大和国・吉野郡)」に比定される式内社(小社、鍬)。

吉野三山の一つである銀峯山の山頂に鎮座する。銀峯山は標高614メートル、白銀岳とも呼ばれ、古くから神南備山として信仰されてきた。

創祀年代は不詳。口碑によると、神功皇后が三韓征伐の帰途、この山に休んでいると、白昼がにわかに暗闇になった。

そのため、当地の神に祈ったところ、再び日が照り、明るくなった。 地名の「夜中」はこの口碑に由来するという。

この故事は日食との関わりが指摘されるが、『日本書紀』神功皇后の段に出てくる小竹宮や「阿豆那比の罪」の話しと極めて似ている。当社を小竹宮の旧地とする説もある。

当社は古田荘12ヶ村の氏神で、「古田大明神」または「若桜宮」とも称し、大宝元年(701年)には役行者が入山した。

その際、秘法を行うと神女が現れ、国家を鎮護し、群衆を化導すべしと告げ、石室へ入ったので、以後神蔵大明神、神蔵宮と称したともいう。

以来、当社や当地は行者の行場となり、大峯山参詣の先達は毎年入峯し、修法をなすのが旧例。大峯修験と深い関わりを持ち、境内には、明治初年まで銀峯山神功寺があった。

『日本文徳天皇実録』天安2年(858年)3月に官社となった記事がある。波売宝神社とも、波比売神社ともある。

御祭神は、右殿が底筒男命中筒男命上筒男命住吉大明神、左殿が神功皇后。山頂に海の神というのもミスマッチで、諸説ある。

なお、付近一円には銅の鉱脈が走っており、当社のすぐ下にも採掘跡があるという。丹生を連想させる。

当社が小竹宮であれば、先の「阿豆那比の罪」で小竹祝とともに出てくる天野祝は丹生都比売神社の神職とされる。

現本殿は、江戸時代前期の寛文12年(1672年)の再建で、左右二殿からなる。各1間社一続きの建物のようになっている。県指定文化財。

春日造社殿をつなぐ他の例に比べて、当本殿の場合、縁廻りなど一体感の強い構成となり、連棟社殿形式の展開を示す遺構として、資料的価値が高い。

例祭はもとは10月だったようだが、現在は9月第2日曜日に行われる。岳祭り(だけまつり)として知られる。

神事、直会の後にお渡り(渡御)がある。鉄杖やのぼりやほこなどを持った行列が御旅所を目指す。

途中、同じく白銀岳の八王子神社からは当屋地区の行列も出発し、合流する。

昔は誰の目にも触れずに御神体を神輿に乗せ、行列とともに運んだというが、今は担ぎ手も少なく、神輿は展示のみだという。

境内社に、藤島神社・稲荷神社・琴比羅神社・水神社・菅原神社がある。祖霊社は明治10年(1877年)に新設されたもので、村内神道家の祖先を祀る。

【ご利益】
交通安全、安産、地域安全、身体壮健
波宝神社 奈良県五條市西吉野町夜中
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