『日本書紀』の「小竹宮」伝承地と祝塚、10月御坊祭でけほん踊り
[住所]和歌山県御坊市薗646
[電話]0738-22-0089

小竹八幡神社(しのはちまんじんじゃ)は、和歌山県御坊市薗にある神社。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

創祀年代は不詳。主祭神は、誉田別命息長足姫命・小竹大神。天児屋根命・紀道成朝臣夫婦之神霊を配祀する。

当社を、『日本書紀』に神功皇后が遷ったとある「小竹宮」、あるいはその跡に比定する説がある。

小竹宮(しののみや)は、神功皇后が忍熊王との戦いにおいて、紀伊国で滞在した地であり、「阿豆那比の罪」とその天変地異に遭遇した地。

小竹祝と天野祝を同じ墓に埋葬したために、昼なのに夜のように暗くなった。これを改葬して、ようやく昼と夜が分かれた、という。

小竹祝は小竹宮の、天野祝は丹生都比売神社の祝のこととされる。小竹宮の他の伝承地に、紀の川市に志野神社、大阪府和泉市に舊府神社、奈良県五條市に波宝神社がある。

ただし、丹生都比売神社とは近かったことが考えられ、また、改葬されたことに関する伝承が大阪府和泉市の丸笠神社に残る。

どちらにしろ、当社は国史見在社の可能性がある。しかし、以後の当社に関する由緒は不詳。

伝承によると、往古は大社の一つで、一の鳥居は市内の北塩屋矢熊ヶ鼻というところにあり、広大な社域、壮麗な社殿があったという。

しかし、天正年間(1573年-1593年)の兵火にかかり、古文献、宝物などを焼失したという。

もとは薗の内紀小竹という地に鎮座していたが、江戸時代前期の延宝6年(1678年)、現在地に遷座した。

現在地は、紀伊国和歌山藩初代藩主である徳川頼宣の別邸地であり、薗御殿があった地。神殿の向きは神占により東向きとなったという。

なお、旧地は元宮・元八幡、と呼ばれる旧跡で、現在は御坊市立体育館の敷地の奥にあり、当社の飛地境内になっている。

また旧地の南東100メートルに祝塚がある。そこには、釈超空(折口信夫)の下記の歌碑が建立されている。
雪ふりて 昏るる光の 遠じろに 小竹の祝の 墓どころ 見ゆ
例祭は10月5日。秋季例祭で、「御坊祭」と呼ばれる。その賑わいから「人をみたけりゃ御坊祭」と言い伝えられるほどの大きな祭りである。

それぞれの氏子組には獅子屋台と四ツ太鼓と呼ばれる太鼓台があり、祭礼当日には、戯瓢踊(けほんおどり)・雀踊り・奴踊等が奉納され、獅子舞が演じられる。

この戯瓢踊は、県無形文化財に指定され、国の記録選択無形民俗文化財にもなっている。また、御坊下組の雀踊も市無形民俗文化財。

境内社に、恵美須神社・宿弥神社・龍王大海神社・金比羅神社・天照大神社・天満神社・稲荷神社がある。

このうち、恵美須神社では1月9日-11日に10日えびす(十日戎)が行われる。また、当社では1月15日に左義長が行われる。

【ご利益】
厄災除け、安産、諸願成就
小竹八幡神社 和歌山県御坊市薗
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小竹八幡神社 和歌山県御坊市薗の御朱印