創祀は賀茂社が欽明朝、春日社が文武朝、信玄の歌、家康の寄進
賀茂春日神社 山梨県笛吹市春日居町加茂320
[住所]山梨県笛吹市春日居町加茂320
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賀茂春日神社(かもかすがじんじゃ)は、山梨県笛吹市春日居町加茂にある神社。賀茂社、春日社の合社である。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 甲斐国 山梨郡「神部神社」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

賀茂社は第29代欽明天皇(在位:540年-571年)の御代、春日社は飛鳥時代の第42代文武天皇(在位:697年-707年)の御代にそれぞれ創建されたという。

御祭神は、賀茂社が玉依姫命・別雷命・神武天皇、春日社が天児屋根命経津主命武甕槌命

古くは、二社が並び建っており、古来より多くの崇敬者があって、特に武神として国守、武将の信仰が厚かったという。

平安時代中期の康平年間(1058年-1065年)、八幡太郎源義家は東征の祈、当社に武運を祈願し、御幣を奉納したという。

また、義家の弟である源義綱は、当社殿で元服し、賀茂次郎と改名した。

永正14年(1517年) 武田家の時、子酉川(現 笛吹川)が氾濫し、大洪水となって社殿・社地が流失。この時の再建後、両社一棟に造営された。武田信玄の下記の歌が伝わる。
君を祈る 賀茂の社の ゆう襷 かけて幾世か 我もつかえん
その後、天正10年(1582年)、天正壬午の乱における中牧合戦際に兵火に遭い、社殿が焼失した。

天正11年(1583年)、德川家康が甲斐巡視の際、貫文及御朱印を寄進し、再興された。合社はこの時のこととも。

現在の本殿は、江戸時代前期の元禄14年(1701年)、甲斐国城代三枝摂津守が建立したもの。

また、拝殿は江戸時代後期の文久2年(1862年)、田安殿代官磯部寛五郎の差図により建て替えられた。境内社に、廿三夜社(月讀尊)と靖国社がある。

参道などに植えられている桜が、3月下旬から4月上旬にかけて、一斉に花開き、桜の名所としても知られている。

『式内社調査報告』によると、幕末まで、当社の例祭には松明をかかげ、「シンギヨウ、チヤウヂヤウ、カンベ、チヤウヂヤウ」と唱えたという。

また、当社地が加茂郷の地で、加茂と神部が似ているということで、式内論社とされる。境内案内などにも、式内である旨が記されている。

なお、式内社「神部神社」の論社は他に、甲州市山梨市の式内同名神社がある。

また、山梨郡の巨麻郡にも「神部神社」があり、北杜市南アルプス市下宮地南アルプス市寺部の式内同名神社、北杜市の熱那神社白山神社、韮崎市の南宮大神社が論社。

【ご利益】
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賀茂春日神社 山梨県笛吹市春日居町加茂
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