仲哀天皇の斎宮? 阿波君の祖神? 杉尾大明神と称された古社
[住所]三重県伊賀市下阿波879
[電話]-
阿波神社(あわじんじゃ)は、三重県伊賀市下阿波にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 伊賀国 山田郡「阿波神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。
創建年代は不明。『日本書紀』神功皇后の条に、神功皇后が、神の告げを聞かずに崩御した第14代仲哀天皇の斎宮を小山田邑に造った。
さらに、その神々の名を神託によって聞き出した時、「尾田の吾田節の淡郡(あわのこおり)にいる神である」と答えた。
この「小山田邑」が当地であり、淡郡の神が当社御祭神であるとする説がある。
御祭神はともかく、筑紫香椎宮で崩じた仲哀天皇の斎宮がこの地に造られたとは、考えづらいものがある。
また、伊賀の阿波が、阿波君の本貫とし、阿波君の氏人が、その祖神である息長田別命を祀ったとする説もある。
息長田別命は、母は不詳だが、倭武命の子。『古事記』にもその名は記載されるが、特段阿波君の祖などの注釈はない。
息長田別命とその一族は、四国阿波国の海人族として同地方に定住したいう説がある。その本貫が当社地なのだろうか。
ちなみに、息長田別命の孫娘の息長真若中比売は、第15代応神天皇の妃の一人。神功皇后とつながってくる。
中世に、阿波越後という郷士が、杉尾白鬚神を合祀したため、以来、椙生社・白鬚惣社・杉尾大明神などとも呼ばれた。
他に、出口延経『神名帳考證』は天日方奇日方命としている。現在までに、主祭神は、稚日女神・猿田毘古命・火産霊命。
明治4年(1871年)7月、村社に列し、明治15年5月に郷社に昇格した。明治期以降の合祀であろう、現在は下記の神々を合祀している。
菅原道真・火迦具土命・健速須佐之男命・天忍穂耳命・天穂日命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理比売命・狹依毘売命・多紀津比売命・大物主命・少彦名命・速玉之男命・大山祇命・山王。
例祭は4月25日。
【ご利益】
一族・子孫繁栄、家内安全、交通安全

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阿波神社(あわじんじゃ)は、三重県伊賀市下阿波にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 伊賀国 山田郡「阿波神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。
創建年代は不明。『日本書紀』神功皇后の条に、神功皇后が、神の告げを聞かずに崩御した第14代仲哀天皇の斎宮を小山田邑に造った。
さらに、その神々の名を神託によって聞き出した時、「尾田の吾田節の淡郡(あわのこおり)にいる神である」と答えた。
この「小山田邑」が当地であり、淡郡の神が当社御祭神であるとする説がある。
御祭神はともかく、筑紫香椎宮で崩じた仲哀天皇の斎宮がこの地に造られたとは、考えづらいものがある。
また、伊賀の阿波が、阿波君の本貫とし、阿波君の氏人が、その祖神である息長田別命を祀ったとする説もある。
息長田別命は、母は不詳だが、倭武命の子。『古事記』にもその名は記載されるが、特段阿波君の祖などの注釈はない。
息長田別命とその一族は、四国阿波国の海人族として同地方に定住したいう説がある。その本貫が当社地なのだろうか。
ちなみに、息長田別命の孫娘の息長真若中比売は、第15代応神天皇の妃の一人。神功皇后とつながってくる。
中世に、阿波越後という郷士が、杉尾白鬚神を合祀したため、以来、椙生社・白鬚惣社・杉尾大明神などとも呼ばれた。
他に、出口延経『神名帳考證』は天日方奇日方命としている。現在までに、主祭神は、稚日女神・猿田毘古命・火産霊命。
明治4年(1871年)7月、村社に列し、明治15年5月に郷社に昇格した。明治期以降の合祀であろう、現在は下記の神々を合祀している。
菅原道真・火迦具土命・健速須佐之男命・天忍穂耳命・天穂日命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理比売命・狹依毘売命・多紀津比売命・大物主命・少彦名命・速玉之男命・大山祇命・山王。
例祭は4月25日。
【ご利益】
一族・子孫繁栄、家内安全、交通安全

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