『日本書紀』の高倉山に奉斎、大高角・小高角二座とも、神の夜遊び
[住所]奈良県宇陀市大宇陀守道776
[電話]0745-84-2613 - 宇太水分神社

高角神社(たかつのじんじゃ)は、奈良県宇陀市大宇陀守道にある神社。宇陀川上流の左岸に位置する標高440メートルの高倉山に鎮座する。御朱印の有無は不明。

創建年代は不詳。『延喜式神名帳』にある「高角神社二座(大和国・宇陀郡)」に比定される式内社(小社、鍬靫)。

『日本書紀』初代神武天皇即位前紀戊午年9月の条に「天皇陟彼菟田高倉山之巓 瞻望域中 時國見丘上則有八十梟帥」とある、菟田高倉山のこと。

御祭神は、高角大神。またの名を高椋下神とし、饒速日命の子で、尾張連の祖である大香語山命のこと、つまり高倉下命武甕雷神から霊剣を授けられ、神武天皇のもとに馳せ参じ、東遷を助けた。

『延喜式神名帳』には二座とあることから、御祭神にも諸説ある。賀茂建角身命・神倭伊波礼比古命、あるいは賀茂建角身命・高皇産霊尊など。

一座は高皇産霊尊である主張が多く、やはり『古事記』において、神武東遷を影ながら助けた。賀茂建角身命も八咫烏のことであり、やはり神武東遷を幇助。他の説に、埴山彦命とも。

由緒は不詳。中世には所在不明となった。明治時代になり、山頂気象観測所ができ一時山麓に遷したが、後にもとに戻って奉斎され、現在に至る。

明治時代には当社を大高角神社、字下道の八坂神社を小高角神社とした。

大高角神社である当社には神武天皇望軍の旧跡という碑を、小高角神社の八坂社には神武天皇と彫られた石が奉祀されたという。

昭和15年(1940年)2月7日、神武天皇聖蹟兔陀高倉山伝承地として文部省から認定を受けた。宇陀郡では当地と兔田穿邑のみ。

なお、古老の言によれば、当社神は夜遊びをすると伝えられ、本殿には夜に出入できる穴をうがってあるという。

例祭は9月11日で、秋季例祭。春祭が4月11日にある。

【ご利益】
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高角神社 奈良県宇陀市大宇陀守道
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