日本で唯一、蘇我入鹿を祀る社、討たれた入鹿にまつわる伝説の数々
[住所]奈良県橿原市小綱町
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入鹿神社(いるかじんじゃ)は、奈良県橿原市小綱町にある神社。大和八木駅の西約800メートル。御朱印の有無は不明。

廃寺真言宗高野山派仏起山普賢寺の東南部の一段高い所に西に向かって建ち、もとは同寺の鎮守社であったと伝えられる。

御祭神は素盞鳴尊と蘇我入鹿。日本で唯一、大化の改新の前夜乙巳の変において討たれ蘇我入鹿を祀る神社である。

それぞれの御神体があり、素盞鳴尊は立像、入鹿大臣は座像、それぞれ丈一尺 作者・年代不詳。

現在の橿原市周辺は蘇我氏ゆかりの地で、「蘇我」「曽我」といった地名も残る。

小綱町の隣の曽我町には、蘇我馬子が創建した宗我坐宗我都比古神社があり、蘇我氏の始祖を祀る。

伝えによると、 645年6月12日の乙巳の変で蘇我入鹿が飛鳥板蓋宮において、中大兄皇子や中臣鎌足らに倒された時、その首が小綱町に飛んできたのを祀ったという。

近世には牛頭天王社と称された。

明治になり、皇国史観で逆臣とされる蘇我入鹿を神として祀るのは都合が悪いとして、御祭神を素盞鳴尊1柱、社号を「小綱神社」とするよう命じられた。

しかし、地元住民はこれに反対。戦後に現社号に改称、今に至るまで、地元の人々から崇敬を集めている。

境内には神宮寺としてかつて仏起山普賢寺があり、大日如来が祀られていた。

明治の神仏分離の際に普賢寺は廃寺となったが、建物と本尊の仏像は残されて成等山正蓮寺の管理となり、「大日堂」という名称で現存している。

大日堂および大日如来木像は国の重要文化財になっている。

例祭は10月第2土・日曜日。神賑行事として土曜日の宵宮に拝殿で「子ども相撲」が奉納される。しかし、神楽など奏すると当社の神が嫌い、必ず雨を降らせるという。

毎年6月28日、市内小綱町の正蓮寺大日堂に安置されている荒神像を飛鳥川堤の三宝大荒神遺跡のお堂に運び入れ、開帳される際、当社の宮司が祭典を執行する。

いわゆる「すももの荒神さん」である。奈良三大荒神の一つとされる。

本殿は一間社春日造で、神舎は丸柱、柱上に三斗を組み、背面を除く頭貫桁間に中世風の面影を残す蟇股を置く。

中央蛙股肘木の中に丹精に彩色された彫刻が施され、屋根は桧皮葺で、棟は箱棟に千木、かつお木を取り付けた江戸初期の頃の建物。

全体として室町時代の風格を思わせる建造物として、市の文化財に指定されている。近年老朽化が進み、昭和61年(1986年)に解体修理が行われた。

入鹿伝説が色濃く伝わる。蘇我入鹿が鶏鳴を合図に首をはねられたので、昔は小綱では鶏を飼わなかったという。

また、小綱で生れた者は蘇我入鹿を暗殺した中臣鎌足を祀る多武峯へ参ると腹痛が起るという。

さらに、明日香村小原は中臣鎌足の母の出生地ということで、小綱町と小原は縁組みしない、とも。

周辺には、「おつて家」、また「オツテ屋」「オツタ屋」「オツト屋」、あるいは「おつとや」という地名などが残るが、いずれも入鹿の首が落ちたところとされている。

【ご利益】
厄災除け、諸願成就、事業成功(公式HP
入鹿神社 奈良県橿原市小綱町
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