奈良期の創建、明石郡の語源か、『万葉集』に詠まれた地とも
[住所]兵庫県神戸市西区伊川谷町潤和1445
[電話]078-341-1145
赤羽神社(あかばじんじゃ)は、兵庫県神戸市西区伊川谷町潤和にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 山陽道神 播磨国 明石郡「赤羽神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
社伝によれば、奈良時代、聖武天皇18年の勧請と伝わる。
聖武天皇の御代、神亀と天平という二つの元号があるが、神亀は6年(729年)までで、可能性としては二つ。天平18年か、即位18年。
天平18年(746年)は、その翌年に奈良東大寺の大仏鋳造が始まった年。即位18年は天平13年(741年)となり、国分寺建設の詔が出た年。
この頃に、当時は印南と呼ばれたこの地の東端の一角に当社が創建されたことになる。
主祭神は天羽赤玉命 。高魂命の孫、伊弉諾命の御子とも伝えられ、玉連造、玉祖連の遠祖。別名は天明玉命・天豊玉命・玉祖命・天櫛玉命。
一説に、当社の御祭神を第11代垂仁天皇の御代、天日鉾が将来した「羽明玉」と考え、これが当社号の由来になったとする。
さらに、この社号が明石郡の郡名の由来だという。天日鉾の宝物に関しては『古事記』にも記載があるが、そのつながりで、但馬国の出石神社とも当社は関連するという。
江戸時代には「赤羽四社大明神」と称し、その前期の寛文6年(1666年)、社殿造営の記録が残る。明治7年(1874年)、村社に列した。
鎮座地名の潤和は、明治からの名称とされるが、これを『万葉集』に記載の謎の地とされる「潤和」に比定する説がある。
【ご利益】
産業振興、事業成功、商売繁盛

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赤羽神社(あかばじんじゃ)は、兵庫県神戸市西区伊川谷町潤和にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式』巻9・10神名帳 山陽道神 播磨国 明石郡「赤羽神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
社伝によれば、奈良時代、聖武天皇18年の勧請と伝わる。
聖武天皇の御代、神亀と天平という二つの元号があるが、神亀は6年(729年)までで、可能性としては二つ。天平18年か、即位18年。
天平18年(746年)は、その翌年に奈良東大寺の大仏鋳造が始まった年。即位18年は天平13年(741年)となり、国分寺建設の詔が出た年。
この頃に、当時は印南と呼ばれたこの地の東端の一角に当社が創建されたことになる。
主祭神は天羽赤玉命 。高魂命の孫、伊弉諾命の御子とも伝えられ、玉連造、玉祖連の遠祖。別名は天明玉命・天豊玉命・玉祖命・天櫛玉命。
一説に、当社の御祭神を第11代垂仁天皇の御代、天日鉾が将来した「羽明玉」と考え、これが当社号の由来になったとする。
さらに、この社号が明石郡の郡名の由来だという。天日鉾の宝物に関しては『古事記』にも記載があるが、そのつながりで、但馬国の出石神社とも当社は関連するという。
江戸時代には「赤羽四社大明神」と称し、その前期の寛文6年(1666年)、社殿造営の記録が残る。明治7年(1874年)、村社に列した。
鎮座地名の潤和は、明治からの名称とされるが、これを『万葉集』に記載の謎の地とされる「潤和」に比定する説がある。
秋柏 潤和川べの しぬのめの 人にしぬべば 君にたへなく現在は、伊弉諾命・軻遇突知命・大日靈貴命を併せて祀る。例祭は10月10日。秋祭りがある。平成9年(1997年)、西区ふるさと自慢百選に指定された。
朝柏 閏八河邊の しぬのめの しぬびて寝れば 夢に見えけり
【ご利益】
産業振興、事業成功、商売繁盛

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