伊香色男の邸宅、明治期に須加社・日吉社を合祀、10月「ふとん太鼓」
[住所]大阪府枚方市枚方上之町1-12
[電話]072-841-2790
意賀美神社(おかみじんじゃ)は、大阪府枚方市枚方上之町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
『延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 河内国 茨田郡「意賀美神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
第9代開化天皇の時代には饒速日命の五世孫で、物部氏の遠祖である伊香色男命の邸宅がこの地にあり、その敷地内に鎮座していたという。
主祭神は高龗神。水神で、淀川の鎮守として創建されたとも。もとは現在地から約100メートル南の旧伊加賀村字宮山に鎮座していた。
旧伊加賀村の氏神として、明治5年(1872年)に村社に列格した。
現在地の枚方市駅付近、万年寺山にあったのは須加神社(素盞鳴尊)だった。奈良時代に銅銭「万年通宝」が鋳造された地である。
須加神社はもとは牛頭天王社(祇園社)と称し、貞観14年(872年)、流行していた悪疫の終息祈願のため、当地にあった長松山万年寺の開祖聖宝が牛頭天王を勧請した。
現在は万年山古墳の存在が確認されている万年寺は、明治3年(1970年)に廃寺となった。現在の境内にはその名残として、十三重石塔が残る。
須加神社は、旧三矢村の氏神として、明治5年に村社に列した。
また、日吉神社(大山咋神・大国主神)は岡村の鎮守神で、もとは山王大権現と称した。
一説には淀川の洪水で流れついた日吉大社の御神体を祀ったのに始まるとも、伝教大師最澄が平安京の裏鬼門に当たるこの地に阿弥陀仏と日吉大神を祀ったのに始まるとも伝わる。
応仁の乱で焼失したが、慶長5年(1600年)に枚方城主本多内膳正政康が再興し、氏神として崇敬した。旧岡村の氏神として、やはり明治5年、村社に列した。
明治42年(1909年)10月14日、須加神社と日吉神社が当社に合祀された。境内が狭いため、翌10月15日、万年寺山のもとの須加神社境内、現在地に遷座した。
明治42年12月、神饌幣帛料供進社に指定された。昭和9年(1934年)、大風害により社殿・社務所が大破し、翌昭和10年(1935年)に再建された。
例祭は10月15日で例大祭、秋祭。氏子区域をめぐる「ふとん太鼓」巡行がある。
「ふとん太鼓」は、枚方宿4ヶ村に伊加賀村、枚方村を加えた6ヶ村が、氏神の当社、須賀神社、日吉神社の3社に奉納することに始まった。
4月15日には春祭りがあり、2月下旬には祈年祭がある。1月15日には火焚祭があり、古い注連縄、お札、門松を燃やす。
境内社として、稲荷社・琴平社がある。幕末の文久元年(1861年)、岩田清庸が奉納した算額が伝わる。
「万年寺山の緑陰」として、枚方八景の一つ。境内には約100本の梅の木が植えられており、梅の名所となっている。
【ご利益】
水の神、五穀豊穣、厄災除け

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[電話]072-841-2790
意賀美神社(おかみじんじゃ)は、大阪府枚方市枚方上之町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
『延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 河内国 茨田郡「意賀美神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。
第9代開化天皇の時代には饒速日命の五世孫で、物部氏の遠祖である伊香色男命の邸宅がこの地にあり、その敷地内に鎮座していたという。
主祭神は高龗神。水神で、淀川の鎮守として創建されたとも。もとは現在地から約100メートル南の旧伊加賀村字宮山に鎮座していた。
旧伊加賀村の氏神として、明治5年(1872年)に村社に列格した。
現在地の枚方市駅付近、万年寺山にあったのは須加神社(素盞鳴尊)だった。奈良時代に銅銭「万年通宝」が鋳造された地である。
須加神社はもとは牛頭天王社(祇園社)と称し、貞観14年(872年)、流行していた悪疫の終息祈願のため、当地にあった長松山万年寺の開祖聖宝が牛頭天王を勧請した。
現在は万年山古墳の存在が確認されている万年寺は、明治3年(1970年)に廃寺となった。現在の境内にはその名残として、十三重石塔が残る。
須加神社は、旧三矢村の氏神として、明治5年に村社に列した。
また、日吉神社(大山咋神・大国主神)は岡村の鎮守神で、もとは山王大権現と称した。
一説には淀川の洪水で流れついた日吉大社の御神体を祀ったのに始まるとも、伝教大師最澄が平安京の裏鬼門に当たるこの地に阿弥陀仏と日吉大神を祀ったのに始まるとも伝わる。
応仁の乱で焼失したが、慶長5年(1600年)に枚方城主本多内膳正政康が再興し、氏神として崇敬した。旧岡村の氏神として、やはり明治5年、村社に列した。
明治42年(1909年)10月14日、須加神社と日吉神社が当社に合祀された。境内が狭いため、翌10月15日、万年寺山のもとの須加神社境内、現在地に遷座した。
明治42年12月、神饌幣帛料供進社に指定された。昭和9年(1934年)、大風害により社殿・社務所が大破し、翌昭和10年(1935年)に再建された。
例祭は10月15日で例大祭、秋祭。氏子区域をめぐる「ふとん太鼓」巡行がある。
「ふとん太鼓」は、枚方宿4ヶ村に伊加賀村、枚方村を加えた6ヶ村が、氏神の当社、須賀神社、日吉神社の3社に奉納することに始まった。
4月15日には春祭りがあり、2月下旬には祈年祭がある。1月15日には火焚祭があり、古い注連縄、お札、門松を燃やす。
境内社として、稲荷社・琴平社がある。幕末の文久元年(1861年)、岩田清庸が奉納した算額が伝わる。
「万年寺山の緑陰」として、枚方八景の一つ。境内には約100本の梅の木が植えられており、梅の名所となっている。
【ご利益】
水の神、五穀豊穣、厄災除け

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