平安前期に出雲から勧請、江戸期には名古屋屈指の大社の一つ、和鏡
[住所]愛知県名古屋市中区栄1-31-25
[電話]052-201-3834
洲崎神社(すさきじんじゃ)は、愛知県名古屋市中区栄にある神社。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
太古、この地は入江で洲崎になり、地神(石神)が祀られていた。
平安時代前期の貞観年間(859年-877年)、石神の導きにより、出雲から素戔嗚尊がこの地に遷座、奉斎されたという。
社頭掲示板には、出雲の稲田宮からの勧請とある。島根県仁多郡奥出雲町の稲田神社のことか。
御祭神は、素戔嗚尊・五男三女命・稲田姫命。
名古屋城築城以前は現在の栄1丁目全域が社地であった。築城後、社地には武家屋敷が建てられ、境内に堀川が掘削されるなど大きく縮小した。
「広井天王」「廣井天王」「牛頭天王」「天王崎神社」などとも呼ばれ、江戸時代、洲崎の天王祭は東照宮の東照宮祭と並ぶ二大祭であったという。若宮八幡社の若宮祭を加えて、名古屋三大祭。
ただし、名古屋三大祭については、当社の天王祭ではなく、現在の那古野神社の天王祭とする方が主流か。
江戸時代は尾張十社の民社総社的立場にあり、皇室、公家、徳川家より奉納が多数あった。
明治45年(1912年)、当社に隣接して石神を祀っていた石神神社(布都御魂・道祖神。道祖神は猿田彦命・天鈿女命)を合祀した。
例祭は7月13日・14日。7月第3土曜日とその翌日が提灯祭。
境内社に、白龍社(白龍龍寿大神)、英霊社、泰産社・弥五郎社相殿、秋葉社・稲荷社相殿、住吉社・船玉社相殿がある。
平安末期、鎌倉末期の作とされる2面の和鏡が、附黒漆塗鏡筥1合とともに、市の文化財に指定されている。
【ご利益】
良縁・縁結び、夫婦和合、子宝、厄災除け
【関連記事】
・愛知県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、愛知県に鎮座している神社の一覧
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洲崎神社(すさきじんじゃ)は、愛知県名古屋市中区栄にある神社。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
太古、この地は入江で洲崎になり、地神(石神)が祀られていた。
平安時代前期の貞観年間(859年-877年)、石神の導きにより、出雲から素戔嗚尊がこの地に遷座、奉斎されたという。
社頭掲示板には、出雲の稲田宮からの勧請とある。島根県仁多郡奥出雲町の稲田神社のことか。
御祭神は、素戔嗚尊・五男三女命・稲田姫命。
名古屋城築城以前は現在の栄1丁目全域が社地であった。築城後、社地には武家屋敷が建てられ、境内に堀川が掘削されるなど大きく縮小した。
「広井天王」「廣井天王」「牛頭天王」「天王崎神社」などとも呼ばれ、江戸時代、洲崎の天王祭は東照宮の東照宮祭と並ぶ二大祭であったという。若宮八幡社の若宮祭を加えて、名古屋三大祭。
ただし、名古屋三大祭については、当社の天王祭ではなく、現在の那古野神社の天王祭とする方が主流か。
江戸時代は尾張十社の民社総社的立場にあり、皇室、公家、徳川家より奉納が多数あった。
明治45年(1912年)、当社に隣接して石神を祀っていた石神神社(布都御魂・道祖神。道祖神は猿田彦命・天鈿女命)を合祀した。
例祭は7月13日・14日。7月第3土曜日とその翌日が提灯祭。
境内社に、白龍社(白龍龍寿大神)、英霊社、泰産社・弥五郎社相殿、秋葉社・稲荷社相殿、住吉社・船玉社相殿がある。
平安末期、鎌倉末期の作とされる2面の和鏡が、附黒漆塗鏡筥1合とともに、市の文化財に指定されている。
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