肥前国與止日女神社を勧請、本殿焼失も拝殿は重文、11月初に神輿渡御
[住所]京都府京都市伏見区淀本町167
[電話]075-631-2061

與杼神社(よどじんじゃ)は、京都府京都市伏見区淀本町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 山城国 乙訓郡「与杼神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

淀・納所・水垂・大下津の産土神。御祭神は、中央に豊玉姫命、向かって右側に高皇産霊神、向かって左側に速秋津姫命の3柱。

僧の千観内供が応和年間(961年-963年)に肥前国佐賀郡河上村に鎮座する與止日女神社より、淀大明神として勧請したのに始まるという。

しかし、それに先行する『延喜式神名帳』に記載があることから、創祀・創建はそれよりもはるかに遡ると考えられる。

もとの鎮座地は、今の宮前橋の下流、桂川右岸の川原になっているあたりとされ、古来このあたりを「大荒木の森」と呼ばれ、乙訓郡水垂村に属した。

桂川河川敷の拡幅工事が実施されることになったため、本殿以下の建物は、明治33年(1900年)5月24日に移転許可が下りた。

明治34年(1901年)7月、移転工事に着工、翌明治35年(1902年)5月に完成、同年6月21日、すべての施設が現在の淀城址内に遷座した。そのため、淀神社と呼ばれることも。

本殿内の木造狛犬一対を含む本殿・拝殿は、明治期に移築されたにもかかわらず、建築当初の様式を保存していたため、国の重要文化財に指定された。

しかし、昭和50年(1975年)8月5日午後4時30分頃、未成年者達の花火遊びにより、本殿が全焼してしまう。本殿は昭和55年(1980年)に再建された。

拝殿は残っており、桁行二間・梁間二間・一重入母屋造・こけら葺屋根。本殿の東方に位置し、規模は十三尺四方・正面と背面は柱間一間・両側面は六尺五寸ずつの二間。

現在地遷座から100年にあたるのを記念して、平成12年(2000年)9月、社務所が新築された。

例祭は10月30日-11月3日で、秋季大祭。神輿渡御があり、本殿の儀などが執行される。神輿渡御は、人手不足や事故などで、中断・復興を繰り返している。

かつての神輿渡御は、水垂の旧社地に向けて3基の神輿が担がれた。当初は船に乗せられて桂川を渡った。

この「船渡し」の形態と旧社地への往きと戻りが、神輿のすれ違いができないために、順序が逆になることもあり、「後が先になる淀祭り」と評判になったという。

境内社に、日大臣社・長姫社・川上社・豊丸社があり、他に神輿3基を格納してある神輿庫、手水舎などがある。

【ご利益】
地域振興、地域安全、水上安全、水難除け、五穀豊穣(公式HP
與杼神社 京都府京都市伏見区淀本町
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