「白髭大明神」と呼ばれ松江藩主が崇敬した風土記・式内、猿と鶏
許曾志神社 島根県松江市古曽志町字松尾466
[住所]島根県松江市古曽志町字松尾466
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許曾志神社(こそしじんじゃ)は、島根県松江市古曽志町松尾にある神社。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「許曽志神社(出雲国・秋鹿郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では県社

創祀年代は不詳。御祭神は猿田毘古命天宇受売命。当地方開発の祖神であるとともに、農耕、延命長寿、結婚、安産 交通安全の守護神だという。

記紀において、この2柱は特に出雲とは関係がない。しかし、猿田毘古命は佐太大神と同一視される場合が多く、接点がある。

『出雲国風土記』の「許曽志社」に比定される。もとは現在地の南方200メートルほどの、元宮と呼ばれる地域に鎮座していた。

戦国時代の天文8年(1539年)の社伝が残る。中世まで神領を有したが、豊臣秀吉の侵攻にともない没収されたという。

しかしその後、松平氏が藩主になって崇敬され、復興した。藩祖松平直政は当社に度々参詣したという。

江戸時代初期の慶長6年(1601年)に造営。江戸時代前期の貞享元年(1684年)、現在の松尾山の麓に遷座した。

3代藩主松平綱近は眼病の平癒を祈って、自作の天満宮木像を当社に奉納、同時に夫人は羽子板を寄進した。この木像と羽子板は当社の社宝として現存している。

社殿の建立と修復に際しては藩費の支出、貸与、収益興行の免許などの特権の付与もあったという。

近世を通じて御祭神にちなんでか「白髭大明神」と称したが、江戸時代後期の文政7年(1824年)現社号に復称した。

明治5年(1872年)、村社に列し、大正11年(1922年)には県社に昇格した。

昭和59年(1984年)、遷座300年を祝して、松尾山奉遷300年祭を斎行、旧地に記念碑が建立された。

例祭は10月10日。その前日に前夜祭があり、さらにその前日の10月8日には御茣蓙替祭がある。7月31日が昇格記念祭。

境内社に火除神社・松尾山荒神・田中荒神がある。参道には狛犬ではなく、猿や鶏が置かれている。御祭神にちなむか。

猿はともかく、鶏は、天宇受売命ゆかりの天岩戸隠れの際に活躍した動物として知られる。

【ご利益】
農業、健康長寿、良縁・縁結び、夫婦和合、安産、交通安全
許曾志神社 島根県松江市古曽志町松尾
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