国史・式内の古社、歴代武将・領主の崇敬、県下有数の宗像古墳群
宗形神社 鳥取県米子市宗像298
[住所]鳥取県米子市宗像298
[電話]0859-26-4127

宗形神社(むなかたじんじゃ)は、鳥取県米子市宗像にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 山陰道神 伯耆国 會見郡「胸形神社/胷形神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

創建年代は不詳だが、往古宗像氏族が、祖先神である宗像三女神を奉じて九州からこの地に来着し、これを斉祀したのが起源と伝えられている。

御祭神は、田心姫命湍津姫命市杵島姫命の宗像三女神。『日本文徳天皇実録』には、平安初期の斉衡3年(856年)、宗形の神に神階五位上が増叙されたとある。

戦国時代には武将の崇敬篤く、尼子晴久は、弘治2年(1556年) に、宮ノ谷の山頂に鎮座していた社を現在地に遷し、新しく社殿を建立し、社領300石を寄進した。

毛利元就の二男吉川元春は、さらに社領120石を加増寄進するとともに、太刀と兜を奉納。これらは現存し、社宝として所蔵されている。

江戸時代になり、伯耆米子藩主中村一忠は、社殿修造の用材100本を寄進した。以降、歴代の因伯藩主の崇敬篤く、当社を祈願所に指定した。

制礼の建立や池田家々紋を幕・提灯に使用方を裁許し、因幡国鳥取藩12代池田慶徳は自ら社参祈願を行った。近世までの社名は宗像だった。

明治4年(1871年)、現社号に改称。その後、近隣六社を合祀して相殿に祀り、境外にあった摂末社を合祀した。結果、主祭神の他の御祭神は以下の通り。

相殿に、経津主命武甕槌命日本武命上筒男命中筒男命底筒男命誉田別命伊弉諾命伊弉册命大日孁命素盞鳴命大国主命

他に、倉稲魂命天児屋根命天太玉命猿田彦命鈿女命・阿蘇彦命・阿蘇姫命・保食命月読命を合祀。

『伯耆民談記』では、御祭神を天稚彦命としている。「胸形」は「宗像」ではなく、胸に矢が突き刺さるという天稚彦命の最期の象徴とみているか。

例大祭は5月3日。例祭は11月3日。

当社を中心として周辺に密集分布する宗像古墳は、県下有数の古墳群で、これは当地方が、古くから当社との関り合いの中で生成発展してきたことを物語るものとされる。

【ご利益】
武運長久・勝運、海上安全、開運招福、虫封じ
宗形神社 鳥取県米子市宗像
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