年3回の「七次の大日神楽」、源平時代の名馬・生食の伝承が残る
[住所]千葉県白井市根1338
[電話]-
大日神社(だいにちじんじゃ)は、千葉県白井市根にある神社。近代社格では村社。御朱印の有無は不明。
江戸時代前期の延宝5年(1677年)9月15日、旧七次村の村社として鎮座した。御祭神は、天照坐皇大御神。
明治8年(1875年)12月、七次村七次新田・中木戸新田・軽井沢新田・白井木戸新田が合併して根村と改称、根村の村社となった。
大正3年(1913年)には白井村が発足し、白井村村社となった。
例祭は10月15日。1月1日の元旦祭、2月17日の祈念祭とともに、「七次の大日神楽」と呼ばれる当社の神楽が奉納される。
境内社に、享保15年(1734年)8月の創建とされる八坂神社(素盞鳴命)がある。例祭は7月14日の天王様。
他に、旗本新見忠右衛門が創建した駒形神社(大山祇命・宇迦之御魂命)と、疱瘡神社(大直日命)はともに当社創建と同時期とされる。
また、安政元年(1854年)3月創建の三峰神社(伊弉諾命・伊弉冊命)の他、天神社(菅原道真公)、足尾神社(猿田彦命)、出羽三山神社(月夜見命)がある。
天神社はまたの名を天神八幡神社とも呼ばれ、併せて源平時代の名馬である生食(いけずき)が祀られている。当地は生食の産地候補の一つ。
当社から神崎川を上流へと遡った所、現在の日本中央競馬会(JRA)競馬学校の裏手あたりにはかつて溜池があり、生食が水を飲みに来ていたという伝承が残る。
当社名に関して、船橋市にある意富比神社、通称船橋大神宮は大日山に鎮座し、御祭神も当社と同じであり、関連が指摘される場合がある。
【ご利益】
開運招福、地域安全

【関連記事】
・千葉県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、千葉県に鎮座している神社の一覧
[電話]-
大日神社(だいにちじんじゃ)は、千葉県白井市根にある神社。近代社格では村社。御朱印の有無は不明。
江戸時代前期の延宝5年(1677年)9月15日、旧七次村の村社として鎮座した。御祭神は、天照坐皇大御神。
明治8年(1875年)12月、七次村七次新田・中木戸新田・軽井沢新田・白井木戸新田が合併して根村と改称、根村の村社となった。
大正3年(1913年)には白井村が発足し、白井村村社となった。
例祭は10月15日。1月1日の元旦祭、2月17日の祈念祭とともに、「七次の大日神楽」と呼ばれる当社の神楽が奉納される。
境内社に、享保15年(1734年)8月の創建とされる八坂神社(素盞鳴命)がある。例祭は7月14日の天王様。
他に、旗本新見忠右衛門が創建した駒形神社(大山祇命・宇迦之御魂命)と、疱瘡神社(大直日命)はともに当社創建と同時期とされる。
また、安政元年(1854年)3月創建の三峰神社(伊弉諾命・伊弉冊命)の他、天神社(菅原道真公)、足尾神社(猿田彦命)、出羽三山神社(月夜見命)がある。
天神社はまたの名を天神八幡神社とも呼ばれ、併せて源平時代の名馬である生食(いけずき)が祀られている。当地は生食の産地候補の一つ。
当社から神崎川を上流へと遡った所、現在の日本中央競馬会(JRA)競馬学校の裏手あたりにはかつて溜池があり、生食が水を飲みに来ていたという伝承が残る。
当社名に関して、船橋市にある意富比神社、通称船橋大神宮は大日山に鎮座し、御祭神も当社と同じであり、関連が指摘される場合がある。
【ご利益】
開運招福、地域安全

【関連記事】
・千葉県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、千葉県に鎮座している神社の一覧
コメント