天河弁財天を分祀、震生湖畔に鎮座、現在は2代目の弁財天像
福寿弁財天(神奈川県秦野市今泉上市木1802-1)
[住所]神奈川県秦野市今泉上市木1802-1
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福寿弁財天(ふくじゅべんざいてん)は、神奈川県秦野市今泉にある神社。秦野福寿弁財天社とも。御朱印の有無は不明。

大正12年(1923年)9月1日の関東大震災で、付近の丘陵が200メートルにわたって崩落し、市木沢最上部をせき止めたことからできた震生湖の湖畔に鎮座する。

日本三大弁財天の総本山である、奈良の天河弁財天を分祀した。南はだの村七福神めぐりでの一つで弁財天。

学問、技能、音楽の上達に功徳があり、また女性には愛嬌を授け、美人となり、良縁を得、子宝が授かると言われている。

当社に祀られた初代の弁財天は、当時「白蛇弁財天」と呼ばれ、江戸時代に造られた木彫りの像だった。

1丈6尺(約4.8メートル)という巨大さで、毘沙門天・大黒天・15童子を従えたもの。

もとは東京浅草芝崎の宝樹院に安置されていたが、明治時代の神仏分離令により同院が廃止。栃木県真岡市の長蓮寺へ動座した。

時が経過して昭和36年(1961年)。長蓮寺において、当時の住職が徐々に信仰が薄れてきたこの像をもう一度世に出したいと考えた。

これを聞きつけた秦野市今泉の小泉正延が、当時の秦野商工会議所会頭・柘山寿郎などと真岡市に行き交渉した。

同年8月、毘沙門天・大黒天・15童子を含む大所帯の弁財天は、震生湖に動座することとなった。

同年12月には弁天堂の落成式、遷座式が行われた。しかし翌年には長蓮寺住職が真岡市に戻ることになり、弁天堂は閉鎖、弁財天も一時は東京にあったが、今は長蓮寺に戻された。

弁財天がなくなってから5年。市民からの「湖の守り神を」という声が多く、秦野福寿弁財天奉讃会が結成され、浄財も集まった。

現在の弁財天は、彫刻家の井上久照が浄財を実費に製作したもの。昭和49年(1974年)、琵琶を持つ「琵琶弁財天」が安置された。

拝礼は、毎月7日、17日、27日の午後1時30分から行われている。

震生湖公園とともに、近辺は紅葉の名所としても知られている。

【ご利益】
スポーツ・技芸上達、良縁・縁結び・安産
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