漢の武帝が天から降りてきて赤神となった、五社堂や円空仏、なまはげ伝承
[住所]秋田県男鹿市船川港本山門前字祓川35
[電話]018-833-7132

赤神神社(あかがみじんじゃ)は、秋田県男鹿市船川港本山門前にある神社。近代社格では郷社。一般には赤神神社五社堂として知られる。御朱印の有無は不明。

第12代景行天皇の時代、赤神と称した漢の孝武帝が天から降りてきたという伝説がある。日本武尊が白鳥と化してこれを迎えた、とも。

武帝は白馬に駕し、飛車に乗り、赤旗を建て、西王母と当地に来訪。五鬼は五色の蝙蝠に化して、これに従った、という。後述のなまはげにつながるか。

景行天皇は、武内宿禰を遣わして北陸道を巡視させたが、武内宿禰が当地に来ると、神異を見たため、これを奏上、朝廷は皇女を遣わしてこれを奉斎したという。

赤神明神と称され、赤神はつまり、漢の武帝であるという。

一方、縁起によると、平安時代の貞観2年(860年)、慈覚大師円仁が当地に来て赤神山日積寺永禅院(永禅坊)を創建したのに始まる。

御祭神は、瓊瓊杵尊とする文献があるが、当社公式サイトでは赤神山大神としている。また、円空作十一面観音も祀られている。

円空仏は、毎年6月第2土曜日に御開帳され、一般公開されている。

鎌倉時代の建保4年(1216年)、比叡山の山王七社を勧請して造営されたが、うち2社が廃れたため五社堂となったという。

中世を通じて橘氏、安東氏の崇敬を受け、近世にはいると、佐竹氏により領内12社のうちに選ばれ、篤く信仰された。

現在見られる五社堂は、宝永7年(1710年)の建立とされている。正面入母屋造、背面切妻造の社殿が5棟、横一列に並ぶ。

向かって右から三の宮堂、客人権現堂、赤神権現堂、八王子堂、十禅師堂と称する。国の重要文化財に指定されている。

赤神権現堂内には厨子が安置され、この厨子は堂より古く、室町時代後期のものだという。やはり国の重要文化財。

この五社堂は、平成10年(1998年)から平成14年(2002年)まで大修理が行われた。

なまはげは、当地に来訪した漢の武帝が連れてきた鬼だという。鶏鳴伝説の一つが残る。鬼の乱暴を止めるために、村人が賭けをを申し出た。

「一晩に千段の石段を作れるならば娘を差し出す、できなければ山に帰ること」。鬼が999段まで作り終えたところで、村人の一人が鶏の鳴き真似をして乱暴を止めさせた。

鬼は怒り狂い、その痕跡が、境内の「逆さ杉」として残る。現在も当社の石段は999段とされ、それを登りきったところに、五社堂がある。

また、竜飛岬の黒神と当地の赤神が、十和田湖の女神を巡って争い、赤神が負けたが、同情した女神は赤神を選んだという伝説がある。

【ご利益】
厄災除け、病魔退散、健康長寿、身体壮健(公式HP
赤神神社 - 漢の武帝が天から降りてきて赤神となった、五社堂や円空仏、なまはげ伝承
【関連記事】
秋田県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、秋田県に鎮座している神社の一覧