天河大弁財天社、役行者の勧請、天武天皇ゆかり、芸能方面のパワースポット
[住所]奈良県吉野郡天川村坪内
[電話]0747-63-0334
天河神社(てんかわじんじゃ)は、奈良県吉野郡天川村にある神社。天河大弁財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ)とも呼ばれる。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
室町時代の僧英俊による『多聞院日記』に、「天川開山ハ役行者」という記述がある。
当社の草創は飛鳥時代、役行者の大峯開山の際に蔵王権現に先立って勧請され最高峰である弥山(みせん)の鎮守として祀られたのに始まる。
弥山の山頂、標高1895メートルには奥宮として弥山神社がある。
伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)の別宮である荒祭宮御祭神・瀬織津姫を天の安河の日輪弁財天として祀ったという。
天河における天武天皇の眼前の上空での吉祥天の舞が五節の舞として、現在にいたるまで、宮中の慶事の度に催されている。
弘法大師空海が高野山の開山に先立って大峯山で修行し、最大の行場が当社であった。弘法大師にまつわる遺品が奉納されている。
弘法大師による高野山の開山により、吉野・熊野という修験道の聖地3ヶ所を結んだ三角形の、ちょうど真ん中に当社が位置することになった。
当社は江戸時代までは琵琶山白飯寺と号し、本尊を弁才天(宇賀神王)としていたが、明治の廃仏毀釈で白飯寺は廃寺となり、本尊の弁才天は市杵嶋姫命と改められた。
熊野坐大神、吉野坐大神、後醍醐天皇・後村上天皇・長慶天皇・後亀山天皇の南朝四代天皇の御霊、神代天之御中主神より100柱の神が配祀されている。
神職は代々社家の柿坂氏と井頭氏の二家から順番に出す慣習があったが、明治以降井頭氏が神職継承をやめたため、現在は柿坂氏によって世襲されている。
平成3年(1992年)、杜撰な資金計画による社殿改築・境内整備が破綻し、破産宣告を受けた。不動産などが競売にかけられたが買い手がつかず、債権者の債権放棄によって救済された。
本殿に祀られている弁財天像は通常非公開で、毎年7月16日から17日にかけて執り行われる例大祭においてのみ開帳される。
例大祭では、各種祝詞・般若心経や神楽とともに、能楽やアーティストの演奏などが奉納される。
また、本殿右扉の中に安置されている日輪弁才天像は、60年に1度のみの開帳とされている。平成20年(2008年)には、時勢の悪化を憂慮し、また本殿改築20年を記念して、60年を経ずして日輪弁才天の開帳が行われた。
当社では、「厳島、竹生島と並ぶ日本三大弁財天のひとつ」と称しているが、知名度からか、当社ではなく江島神社を加えて日本三大弁天とすることが多い。
ただし、近年はパワースポットとして注目を集めており、弁財天・市杵嶋姫命が芸能の神であることから、KinKi Kidsの堂本剛など芸能人の参拝も多いという。
内田康夫の推理小説『天河伝説殺人事件』でも知られている。そこでも描かれているように、拝殿には能楽の舞台があり、能との関わりが深い。木造能狂言面 30面は国の重要文化財に指定されている。
拝殿にある鈴緒には当社の象徴となる五十鈴が付いており、日本神話の天岩戸隠れで、天照大神を岩戸から出す時に使った神代鈴と同じものだとされる。
境内社に、龍神大神(弁財天の化身なる龍神の神)・大将軍大神(八ツの杜の内森本神社御祭神)・大日霊貴神・天神大神(菅原道真公)・大地主大神(琵琶山の地主守神)の五社殿がある。
この地は四石三水八ツの社と言われ、四つの天から降った石、三つの湧き出る清水、八つの社に囲まれた神域とされ、その天から降ってきた石のうち三つを天石として境内で祀られている。
なお、当社は進藤彦興『詩でたどる日本神社百選』に掲載されている。
【ご利益】
スポーツ・技芸上達、財運、縁結び(公式HP)

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[電話]0747-63-0334
天河神社(てんかわじんじゃ)は、奈良県吉野郡天川村にある神社。天河大弁財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ)とも呼ばれる。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
室町時代の僧英俊による『多聞院日記』に、「天川開山ハ役行者」という記述がある。
当社の草創は飛鳥時代、役行者の大峯開山の際に蔵王権現に先立って勧請され最高峰である弥山(みせん)の鎮守として祀られたのに始まる。
弥山の山頂、標高1895メートルには奥宮として弥山神社がある。
伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)の別宮である荒祭宮御祭神・瀬織津姫を天の安河の日輪弁財天として祀ったという。
天河における天武天皇の眼前の上空での吉祥天の舞が五節の舞として、現在にいたるまで、宮中の慶事の度に催されている。
弘法大師空海が高野山の開山に先立って大峯山で修行し、最大の行場が当社であった。弘法大師にまつわる遺品が奉納されている。
弘法大師による高野山の開山により、吉野・熊野という修験道の聖地3ヶ所を結んだ三角形の、ちょうど真ん中に当社が位置することになった。
当社は江戸時代までは琵琶山白飯寺と号し、本尊を弁才天(宇賀神王)としていたが、明治の廃仏毀釈で白飯寺は廃寺となり、本尊の弁才天は市杵嶋姫命と改められた。
熊野坐大神、吉野坐大神、後醍醐天皇・後村上天皇・長慶天皇・後亀山天皇の南朝四代天皇の御霊、神代天之御中主神より100柱の神が配祀されている。
神職は代々社家の柿坂氏と井頭氏の二家から順番に出す慣習があったが、明治以降井頭氏が神職継承をやめたため、現在は柿坂氏によって世襲されている。
平成3年(1992年)、杜撰な資金計画による社殿改築・境内整備が破綻し、破産宣告を受けた。不動産などが競売にかけられたが買い手がつかず、債権者の債権放棄によって救済された。
本殿に祀られている弁財天像は通常非公開で、毎年7月16日から17日にかけて執り行われる例大祭においてのみ開帳される。
例大祭では、各種祝詞・般若心経や神楽とともに、能楽やアーティストの演奏などが奉納される。
また、本殿右扉の中に安置されている日輪弁才天像は、60年に1度のみの開帳とされている。平成20年(2008年)には、時勢の悪化を憂慮し、また本殿改築20年を記念して、60年を経ずして日輪弁才天の開帳が行われた。
当社では、「厳島、竹生島と並ぶ日本三大弁財天のひとつ」と称しているが、知名度からか、当社ではなく江島神社を加えて日本三大弁天とすることが多い。
ただし、近年はパワースポットとして注目を集めており、弁財天・市杵嶋姫命が芸能の神であることから、KinKi Kidsの堂本剛など芸能人の参拝も多いという。
内田康夫の推理小説『天河伝説殺人事件』でも知られている。そこでも描かれているように、拝殿には能楽の舞台があり、能との関わりが深い。木造能狂言面 30面は国の重要文化財に指定されている。
拝殿にある鈴緒には当社の象徴となる五十鈴が付いており、日本神話の天岩戸隠れで、天照大神を岩戸から出す時に使った神代鈴と同じものだとされる。
境内社に、龍神大神(弁財天の化身なる龍神の神)・大将軍大神(八ツの杜の内森本神社御祭神)・大日霊貴神・天神大神(菅原道真公)・大地主大神(琵琶山の地主守神)の五社殿がある。
この地は四石三水八ツの社と言われ、四つの天から降った石、三つの湧き出る清水、八つの社に囲まれた神域とされ、その天から降ってきた石のうち三つを天石として境内で祀られている。
なお、当社は進藤彦興『詩でたどる日本神社百選』に掲載されている。
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