神武天皇が誕生した「産場石」、狭野神社の遷座後に奉斎、「御腰掛石」
[住所]宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田3-251
[電話]0984-42-1007

皇子原神社(おうじばるじんじゃ)は、宮崎県西諸県郡高原町にある神社。いわゆる皇子原の地で、初代神武天皇が誕生した地。霊峰高千穂峰を仰ぐ皇子原公園の西の高台に位置する。御朱印の有無は不明。

御祭神は神武天皇。6基の古墳からなる皇子原古墳群(高原町古墳)の1号古墳の上に鎮座する。古墳は5世紀後半の地下式横穴墓と考えられている。

神社後背の「産婆石」の付近で誕生したと伝わり、当地は母・玉依姫が神武天皇を出産した産屋跡とも伝わる。

「産婆石」は「産場石」とも呼ばれ、現在は安産石などとも呼ばれている。

神武天皇が幼少を過ごしたとされる狭野神社の元宮であり、慶長3年(1598年)に狭野神社が現在地に遷座した後、聖蹟として当社が奉斎された。

ただし、狭野神社の遷座は、6世紀中頃の第30代敏達天皇の時という説もある。

大正9年(1920年)3月、後の昭和天皇が参拝し、久邇宮家、秩父宮、伏見宮家、閉院宮家、高松宮家、梨本宮家、朝香宮家、三笠宮家の歴代皇族の崇敬も篤かった。

昭和20年(1945年)までは国家行事として天孫降臨祭が挙行されていた。

参道中段中程にある「御腰掛石」は、御祭神が日向建国の礎を固めた所として、神話史跡に指定されている。

神武天皇の兄弟の宮居跡である皇子権現が現在は当社に遷されている。境内には神武の館があり、日向神話の場面などの展示がある。入館料無料。

古墳地帯を抜け、沢沿いの遊歩道を100メートルほど下ると、落差8メートルほどの「皇子滝」がある。神武天皇が幼少の頃、近辺で遊んだとの伝承がある。

神武天皇は15歳で立太子され、宮崎の地に移った。東遷する45歳まで滞在した地として、宮崎神宮や、その摂社である皇宮神社(皇宮屋)がある。東遷の門出は、立磐神社からと伝わる。

【ご利益】
安産、子育て
皇子原神社 - 神武天皇が誕生した「産場石」、狭野神社の遷座後に奉斎、「御腰掛石」
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