島津家始祖が創建、朝鮮出兵の島津義弘を助けた3匹の狐
稲荷神社(鹿児島県鹿児島市稲荷町34-15)
[住所]鹿児島県鹿児島市稲荷町34-15
[電話]099-248-4389

稲荷神社(いなりじんじゃ)は、鹿児島県鹿児島市稲荷町にある神社。鹿児島五社の第三位で、近代社格では郷社。島津家崇敬社ということで、島津稲荷とも呼ばれる。参拝すれば、御朱印を頂ける。

鎌倉時代初期、島津氏の家祖である島津忠久(?-1227年)は嵐の夜に摂津の住吉大社で稲荷神の神験により狐火に護られながら産まれたとされ、生涯住吉大社と稲荷神を崇敬した。

その忠久が薩摩へ下った承元3年(1209年)に湯田村(現 日置市東市来町湯田)に稲荷神社を勧請したのが創祀であると伝え、代々島津家によって崇敬された。

御祭神は、宇迦御霊神猿田彦神大宮姫神

室町時代になり、島津氏9代当主島津忠国(1403年-1470年)によって遷座、さらに15代当主島津貴久(1514年-1571年)の時に現社地に遷座した。鹿児島市の鬼門にあたる。

文禄・慶長の朝鮮出兵の折、17代当主島津義弘は、慶長3年(1598年)、泗川の砦に明軍20万の包囲を受けた。

しかし、明軍の火薬庫が大爆発を起こし、この混乱に乗じて明の大軍を撃滅、武勲を挙げた。この大爆発は白狐・赤狐3匹が松明をくわえて点火したと伝えられ、現在も白狐・赤狐の像が社前の両脇に祀られている。

また、この戦役で軍功のあった瀬戸口重治・佐竹光明坊・市来家綱3人の勇士を顕彰する碑が昭和14年(1939年)7月に建てられた。

江戸時代になると、藩主の崇敬社であったことから上下の信仰を集め、元禄9年(1696年)に正一位の宗源宣旨を受け、元禄13年(1700年)には近衛家熙の揮毫による神号を鳥居に掲げた。

また、正祭(例祭)には薩摩藩における壮観の一つに数えられた流鏑馬の神事が行われ、同時に開かれた稲荷市は九州三大市の一つとして最も賑わったという。

例祭は11月3日。7月3日が六月灯。

末社に、地元信仰のたのかんさあ(田の神)や金毘羅がある。近年、境内にキツネの顔にも見える桜島の溶岩が安置された。

【ご利益】
商売繁盛、武運長久・勝運、厄災除け、諸願成就
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