奈良期の創建、木曽義仲が倶利伽羅峠の戦いで戦勝祈願、社殿は重文
[住所]富山県小矢部市埴生2071
[電話]0766-67-1220

埴生護国八幡宮(はにゅう ごこく はちまんぐう)は、富山県小矢部市埴生にある神社。単に護国八幡宮とも。主祭神は八幡大神(やはたのおおかみ。応神天皇)。参拝すれば、御朱印を頂ける。

創建の正確な年代は不明。伝承によれば、奈良時代の養老2年(718年)に宇佐八幡宮の御分霊を勧請したのが始まりだという。

天平年間(729年-749年)には越中の国主大伴家持が祈願したと伝わる。越中国の一国一社の八幡宮、いわゆる国府八幡宮の一つ。

ただし、論社としては、当社御分霊を勧請したといわれる富山市の一国一社八幡宮がある。また、越中国分寺の守護神としての、国分八幡宮は放生津八幡宮だともされている。

『源平盛衰記』には寿永2年(1183年)5月、木曾義仲(源義仲)が倶利伽羅峠の戦いの戦勝を当社に祈願したことが見える。

以来、武将の崇敬を受け、前田利長や佐々成政から社領を寄進された。義仲戦勝祈願書、武田信玄書状などを社宝としている。

利長は慶長年間(1596年-1615年)、当地方に凶作が続き、庶民の生活が苦しくなったため、当社に祈願したところ、豊作となったので、霊験が著しいとして、現在の社号となる「護国」を奉った。

境内入口には、義仲の騎馬像と源氏軍が鳩の案内で得たという名水「鳩清水」がある。また、蓮沼城主遊佐慶親の寄進による103段の石段がある。

安土桃山時代から江戸初期にかけて、加賀藩の寄進となる、慶長5年(1600年)建立の本殿、正保3年(1646年)建立の釣殿・拝殿及び幣殿が国の重要文化財に指定されている。

例祭は9月15日の前後の日曜日で秋季例祭。浦安の舞が奉納され、宮巡り神事(宮めぐり神事)が行われる。義仲が戦勝祈願し、大勝したお礼参りの様子を江戸時代に再現したもの。

武者装束の氏子によって、道祖神をまつる長さ4メートルの道祖幣を手にした氏子の長老を先頭に隊列を組み、笛と太鼓の囃子に合わせて拝殿外側の広縁を7回半めぐり、最後に武者たちが弓矢刀剣をかざす。

【ご利益】
五穀豊穣・商売繁盛、地域・家内安全、厄災除け(公式HP
埴生護国八幡宮 - 奈良期の創建、木曽義仲が倶利伽羅峠の戦いで戦勝祈願、社殿は重文
【関連記事】
国府八幡宮とは? - 一国一社の八幡宮、各国の国府や国分寺の鎮守・守護神としての八幡
富山県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、富山県に鎮座している神社の一覧
埴生護国八幡宮の御朱印