付近には弥生遺跡が分布する式内名神大社の論社、河野氏の崇敬
伊予神社(愛媛県伊予市上野2485)
[住所]愛媛県伊予市上野2485
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伊予神社(いよじんじゃ)は、愛媛県伊予市上野にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 伊予国 伊予郡「伊予神社」に比定される式内社(名神大社)の論社。ただし、『延喜式』臨時祭「名神祭」には掲載されていない。近代社格では村社。

創建は不詳。当社周辺は、銅鉾・石器・三角縁神獣鏡などが出土した弥生遺跡と古墳群の複合遺跡が分布している。

式内社「伊予神社」の論社は他に、伊予郡松前町神崎にある同名の神社や、松山市の伊豫豆比古命神社がある。

神階は、奈良時代の天平神護2年(766年)に従五位下、神戸二烟、平安時代の貞観4年(862年)に従五位、貞観8年(866年)に正四位下、貞観12年(870年)に正四位上。

当社の御祭神は月読尊・愛比売命神八井耳命・速後上命も祀るという。速後上命は、『先代旧事本紀』によれば、神八井耳命の子孫で、第13代成務天皇の時代に伊予国造に任命された。

中世以降、河野氏の崇敬を受け、また大洲藩主の祈願所として藩主の参拝や祭祀料の献上を受けていたという。かつては8町4歩もの社地を有していたとされる。

境内には、境内を流れる宮川に掛けられた勅使橋がある。現存しているのは後から追加されたもの。唐破風付きの平屋造で屋根は瓦葺の拝殿・中殿の他、流造で屋根は銅版葺の本殿がある。

境内社として、江戸時代後期の文化8年(1811年)に正一位の神階を授けられた時雨神社がある。旧称は八大龍王神社で、水分神・雷神・高龗神・海童神を祀る。

伊予郡24か村の祈雨を行う社であったが、明治44年(1911年)に当社の境内に奉還された。

愛媛命を祀る弥光井神社が、本殿の東にある泉水の跡にある。明治43年(1910年)に当社に併合された。同じころ、須佐之男命を祀る山本神社(祇園社)も併合された。

他に、猿田彦大神を祀る猿田彦神社がある。

【ご利益】
五穀豊穣、文武両道、地域振興
伊予神社(伊予市) - 付近には弥生遺跡が分布する式内名神大社の論社、河野氏の崇敬
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