旧斎藤村、前刀村とも称された前方後円墳の上に鎮座する式内社、平成に火災
[住所]愛知県丹羽郡扶桑町斎藤宮添3
[電話]-
前利神社(さきとじんじゃ)は、愛知県丹羽郡扶桑町、旧斎藤村にある神社。御朱印の有無は不明。
『延喜式神名帳』にある「前利神社(尾張国・丹羽郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では県社。
御祭神は神八井耳命。創建時期は不明。この地の有力者であった前刀連(丹羽臣)が祖神の神八井耳命を奉斎したのが始まり。本殿は前方後円墳の上に鎮座する。
旧斉藤村は『和名抄』に前刀と見え、慶長13年(1608年)の検地帳にも前刀村とある。平安時代末期の文治2年(1186年)には『尾張国内神名牒』に前刀天神とある。
『続日本後記』に「承和8年(894年)4月乙己右京人勘解由前刀連氏益賜姓県連神八井耳命之後云々」とあみえる。付近には「県屋敷」「県タ」という地名も残っている。
神階も正四位下・従三位上・従一位と鎌倉から室町時代にかけて昇叙した。江戸時代には尾張藩徳川家に崇敬された。高雄字羽根に所在した満光院(廃寺)が社僧として奉祀したという。
明治3年(1870年)10月、徳川慶勝が扁額を奉納している。明治5年(1872年)に村社に列格、明治10年(1877年)に郷社に昇格した。
昭和10年(1935年)に社殿を新築し、昭和13年(1938年)に県社に昇格した。平成28年(2016年)4月1日未明、火事により本殿を含む約400平方メートルが全焼した。
境内社に、八劔社・齋ノ宮・福之宮・豊受社・秋葉社・津島社がある。
【ご利益】
地域・家内安全、子孫繁栄、地域振興
【関連記事】
・愛知県の旧県社 | 府県社とは? - 旧県社(縣社)・旧府社、その都道府県の中で有力な神社
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前利神社(さきとじんじゃ)は、愛知県丹羽郡扶桑町、旧斎藤村にある神社。御朱印の有無は不明。
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御祭神は神八井耳命。創建時期は不明。この地の有力者であった前刀連(丹羽臣)が祖神の神八井耳命を奉斎したのが始まり。本殿は前方後円墳の上に鎮座する。
旧斉藤村は『和名抄』に前刀と見え、慶長13年(1608年)の検地帳にも前刀村とある。平安時代末期の文治2年(1186年)には『尾張国内神名牒』に前刀天神とある。
『続日本後記』に「承和8年(894年)4月乙己右京人勘解由前刀連氏益賜姓県連神八井耳命之後云々」とあみえる。付近には「県屋敷」「県タ」という地名も残っている。
神階も正四位下・従三位上・従一位と鎌倉から室町時代にかけて昇叙した。江戸時代には尾張藩徳川家に崇敬された。高雄字羽根に所在した満光院(廃寺)が社僧として奉祀したという。
明治3年(1870年)10月、徳川慶勝が扁額を奉納している。明治5年(1872年)に村社に列格、明治10年(1877年)に郷社に昇格した。
昭和10年(1935年)に社殿を新築し、昭和13年(1938年)に県社に昇格した。平成28年(2016年)4月1日未明、火事により本殿を含む約400平方メートルが全焼した。
境内社に、八劔社・齋ノ宮・福之宮・豊受社・秋葉社・津島社がある。
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