秀吉・家康ゆかりの「出世城」浜松城の前身引間城址、商売と出世の神
元城町東照宮(静岡県浜松市中区元城町111-2)
[住所]静岡県浜松市中区元城町111-2
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元城町東照宮(もとしろちょうとうしょうぐう)は、静岡県浜松市中区元城町にある神社。浜松元城町東照宮とも。東照大権現(徳川家康)を祀る東照宮の一つである。御朱印の有無は不明。

この地は、もともと曳馬城(引馬城、引間城)があった。浜松城の前身である。飯尾豊前守連龍の居城で、連龍逝去後、正室於田鶴の方が女城主となる。

まだ無名だった頃の木下藤吉郎(豊臣秀吉)は16歳から18歳までの3年間、この城に奉公したという。天下人秀吉の出発点の一つ。

この城を、家康が永禄11年(1568年)に攻略、落城し入城した。その後家康は元亀元年(1570年)、現在の浜松城公園内に新しい城を築城、地名も「浜松」として、以来17年間居城する。

その後、浜松城主になった多くが江戸幕府老中や大阪城代、京都所司代などに取り立てられる大出世したと伝わる。

秀吉と家康の天下人ゆかりの地で、しかも出世する人が多くなり、そもそもが浜松は出世の街と知られ、浜松城は出世城とまで呼ばれるようになり、当宮地はその中でも聖地・霊地として認知されていった。

当宮地である引間城跡は浜松城が築城された後、江戸時代には米蔵として使われていたという。

明治維新後、徳川慶喜の名代で、浜松藩代として任命された井上八郎(延陵翁)によって明治17年(1884年)に東照宮が勧請された。これが当宮の創建となる。

太平洋戦争中の昭和20年(1945年)に社殿は全焼するが、すぐに小さな仮社殿が建立され、昭和35年(1960年)に元城町の功労者・大石力氏などの尽力により再建されて現在に至る。

現在は出世神社としても知られるが、元城地区の氏神として、家康の他、事代主命(ことしろぬしのみこと)と大国主命(おおくにぬしのみこと)も奉斎、商売の神としても信仰されている。

【ご利益】
立身出世、商売繁盛
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