女神の渡来伝承が残る標葉郡唯一の式内社、東日本大震災で被災、翌年祈願祭
[住所]福島県双葉郡浪江町請戸字東向38
[電話]0240-35-2801

苕野神社(くさのじんじゃ)は、福島県双葉郡浪江町にある神社。誤りではあるが、難解な字のため、草野神社と表記されることも。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「芻野神社(陸奥国・標葉郡)」に比定される式内社(小社)。標葉郡唯一の式内社で、近代社格では県社

御祭神は、高龗神闇龗神五十猛神、大屋津姫神・抓津姫神。『奥相志』によれば、神体は「長さ一尺、十歳くらいの童形坐像の御子八神が九体」という。

ただし、御祭神に関しては諸説あり、9柱の女神、天竺もしくは震旦国王の妃、新羅国の女神説など、いずれも女神、また、渡海してきたとの伝承が残る。

由緒書によれば、起源・創立年代は不明だが、社伝によれば、第12代景行天皇の御世に勧請され、奈良時代の元正天皇(715年)の御代には社殿を創建したという。

平安時代の桓武天皇の時代、坂上田村麻呂が東夷征伐の勅命を受けて進軍、当社にて戦勝を祈願し、賊徒を平定した後に、神恩への報賽として神殿を建てたとも。

保元元年(1156年)、請戸に館を築いて標葉郡を支配していた標葉左京大夫平隆義は、神領を寄進し社殿を造営するなどし、標葉氏の氏神として崇敬した。

室町時代の明応元年(1492年)に相馬氏の所領となると、相馬氏からも尊崇を集め、社領の寄進や社殿の造営が行われた。

往古は請戸地区の沖にあった苕野小島という島に鎮座していた。その後、波浪などで島が崩壊したため、現在の鎮座地に遷座したという。

また、茨城県稲敷市に鎮座する大杉神社と関係が深く、毎年2月第3日曜日(もとは2月19日)には「安波祭」と呼ばれる浜下り潮水神事が催行されてきた。1000年の歴史があるという。

安波祭の大祭式典では、浦安の舞神楽・田植えおどりが舞われる他、神輿渡御、樽みこし海上荒波渡御、御潮水献備神事、早朝護摩祈祷などの神事が行われる。

平成23年(2011年)3月11日発生した東北地方太平洋沖地震により、浪江町の沿岸部は津波の被害を受けた。海のそばに鎮座する当社も社殿がすべて流出、前宮司の家族も犠牲となった。

その後も近隣の福島第一原発で起きた原子力事故の影響で警戒区域に指定されたが、前宮司の三女が宮司に就任し、平成24年(2012年)2月19日には仮社殿が造営され、祈願祭が行われた。

境内社に、祖霊殿・日吉神社(大山咋神)、山祇神社(大山祇神)、黄金山神社(金山彦神金山姫神)、金比羅大明神・波切不動宮(大物主神・波切不動明王)があった。

【ご利益】
再起復興、水難除け、海上・交通安全
苕野神社 - 女神の渡来伝承が残る標葉郡唯一の式内社、東日本大震災で被災、翌年祈願祭
【関連記事】
福島県の旧県社 | 府県社とは? - 旧県社(縣社)・旧府社、その都道府県の中で有力な神社
福島県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、福島県に鎮座している神社の一覧 苕野神社の御朱印