「和間浜の浮殿」宇佐神宮の放生会の主舞台、現在は10月に中秋祭で放生会
[住所]大分県宇佐市松崎793
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和間神社(わまじんじゃ)は、大分県宇佐市にある神社。別名は「和間浜の浮殿」。和間ノ浜などとも。宇佐神宮の主要神事である放生会の主舞台となった。御朱印の有無は不明。

かつては寄藻川河口近くの海辺にあったが、沖合に新田が拓け、今は河口からだいぶ入った左岸側に位置する。

拝殿は川辺にあるものの、本殿は川の中にあり、渡橋で連なっているため、「浮殿」とも呼ばれる。入口の大鳥居には八幡宮とある。

当社の由緒記によれば、この地は神功皇后東征の寄港地であり、また皇后の三韓征伐の軍船が造られたなど、宇佐とともに古い神蹟であるという。

奈良時代の養老3年(719年)、南九州の隼人の乱を鎮めるため、国司が宇佐八幡を奉じて軍を進めたが、隼人が強く反抗したので、策を巡らし、傀儡人形が相撲をとる舞を見せて亡ぼした。

その後、隼人の怨みから病災があったので、勅命により慰霊の祭を放生会と称して行うようになった。

天平19年(743年)に、宇佐神宮が古代から由緒のある神域・和間の地で勅大祭を行った。これが直接的な当社の起こりとなる。

御祭神は八幡大神・比売大神・神功皇后。

放生会では、福岡県築上郡吉富町の八幡古表神社と大分県中津市の古要神社の傀儡による神相撲や傀儡舞・舞楽があり、法蓮・華厳・覚満・射龍などによる仏事もあった。

これらの傀儡は現在にも伝わり、それぞれ「八幡古表神社の傀儡子の舞と相撲」「古要神社の傀儡子の舞と相撲」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

中世から戦国時代にかけて、大内氏の寄進などがあったものの、総じて衰微したようで、再興は、元和年間(1615年-1624年)における細川忠興の尽力を待たねばならなかったという。

昭和13年(1938年)から現制に復古したが、往時を偲ぶ姿もなく境内も縮小。現在の社殿は、昭和39年(1964年)に神域と共に復旧造営したものであるという。

放生会はもともと、旧暦8月15日を中心に行われていたが、現在では10月の体育の日を含む3連休に行われる中秋祭が、地元では放生会と呼ばれている。

【ご利益】
水難除け、海上・交通安全、厄災除け
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