宇佐神宮、鷹になって飛翔していた八幡神が住処を要求して建立された瀬社
[住所]大分県宇佐市樋田187-1
[電話]-
郡瀬神社(ごうせじんじゃ)は、大分県宇佐市にある神社。八幡宮とも。宇佐神宮行幸会八社の一つで、宇佐神宮の境外摂社だったが、近代社格では郷社。御朱印の有無は不明。
御祭神は、仲哀天皇・神功皇后・応神天皇。田心姫神・湍津姫神・市杵嶋姫神の宗像三女神と、大宮比咩神を配祀する。
奈良時代、第43代元明天皇の和銅3年(710年)に鷹居山(現在の東上田)において、八幡大神が大神比義に大意下記のように託宣した。
ただし、鷹居神社にはいくつかの伝承もあり、和銅元年(708年)に八幡神が鷹の姿となり、和銅5年(712年)に創建とされる。
当社の創建伝承を当てはめても特段の矛盾があるわけではないが、鷹居神社に比べて伝わるところが若干少ないとは言える。
あるいは、鷹になって飛翔している(708年)が住処を明確に要求した(710年)ため、社殿を建立した(712年)、と、鷹居神社の伝承を補足するものともいえる。
鷹居神社とともに鷹居瀬社とも呼ばれる。瀬社宮、郡瀬社とも。
辛嶋氏伝承では、八幡神は、第29代欽明天皇の御代に初めて顕現後、各地を巡行し、乙咩神社、泉神社、当社、鷹居神社、小山田神社、現在の宇佐神宮へと移ったとする。
ただし、この遷座の順番は、各社の由緒などを照らし合わせると、矛盾をはらむ場合もあり、順序自体は確定できない。これら各社が行幸会八社となっていくことは間違いない。
社殿の左手に境内社の石祠が三つ並んでいる。
【ご利益】
厄災除け、諸願成就
【関連記事】
・宇佐神宮の行幸会 - 奈良朝からの4年-6年に1度の特殊神事、2年間の準備と5日間の巡幸
・大分県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、大分県に鎮座している神社の一覧
宇佐神宮行幸会八社
・田笛神社
・鷹居神社
・郡瀬神社
・泉神社
・小山田神社
・乙咩神社
・大根川神社
・妻垣神社
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郡瀬神社(ごうせじんじゃ)は、大分県宇佐市にある神社。八幡宮とも。宇佐神宮行幸会八社の一つで、宇佐神宮の境外摂社だったが、近代社格では郷社。御朱印の有無は不明。
御祭神は、仲哀天皇・神功皇后・応神天皇。田心姫神・湍津姫神・市杵嶋姫神の宗像三女神と、大宮比咩神を配祀する。
奈良時代、第43代元明天皇の和銅3年(710年)に鷹居山(現在の東上田)において、八幡大神が大神比義に大意下記のように託宣した。
我、神となり大空を翔るものの、住処がない。そのため心が定まらないそこで比義は朝廷に奏し、勅定を得て、神殿を建てて奉斎した。これが鷹居社、瀬社であるという。鷹居社は鷹居神社、瀬社が当社となる。
ただし、鷹居神社にはいくつかの伝承もあり、和銅元年(708年)に八幡神が鷹の姿となり、和銅5年(712年)に創建とされる。
当社の創建伝承を当てはめても特段の矛盾があるわけではないが、鷹居神社に比べて伝わるところが若干少ないとは言える。
あるいは、鷹になって飛翔している(708年)が住処を明確に要求した(710年)ため、社殿を建立した(712年)、と、鷹居神社の伝承を補足するものともいえる。
鷹居神社とともに鷹居瀬社とも呼ばれる。瀬社宮、郡瀬社とも。
辛嶋氏伝承では、八幡神は、第29代欽明天皇の御代に初めて顕現後、各地を巡行し、乙咩神社、泉神社、当社、鷹居神社、小山田神社、現在の宇佐神宮へと移ったとする。
ただし、この遷座の順番は、各社の由緒などを照らし合わせると、矛盾をはらむ場合もあり、順序自体は確定できない。これら各社が行幸会八社となっていくことは間違いない。
社殿の左手に境内社の石祠が三つ並んでいる。
【ご利益】
厄災除け、諸願成就
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宇佐神宮行幸会八社
・田笛神社
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・郡瀬神社
・泉神社
・小山田神社
・乙咩神社
・大根川神社
・妻垣神社
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