和気清麻呂の杖が化した「日本一の大楠」、島津義弘による崇敬
[住所]鹿児島県姶良市蒲生町上久徳2259-1
[電話]0995-52-9029

蒲生八幡神社(かもうはちまんじんじゃ)は、鹿児島県姶良市蒲生町にある神社。近代社格では県社応神天皇仲哀天皇神功皇后の八幡三神を祀る。参拝すれば、御朱印を頂ける。

藤原氏北家教通流の分出とされる蒲生氏の初代当主蒲生舜清が保安4年(1123年)に大隅国へ下向、生母が宇佐八幡宮の宮司家出身であった縁で、同宮から勧請して創祀したという。

戦国時代、島津氏との激しい戦いの末に蒲生氏は敗れて島津氏の軍門に下り、弘治3年(1557年)、他地に退去させられた。その後島津義弘により社殿が再建される。

元和4年(1618年)12月には義弘から鳥居と「正八幡若宮」の額が奉建されたともされる。正八幡若宮八幡宮という旧名の由来ともなっている。

また、義弘は太刀・甲冑・宝器を寄進したという。蒲生氏に対する慰霊のためか、義弘による崇敬はことのほか厚かったと伝わる。義弘自身は、加治木町の精矛神社や日置市伊集院町の徳重神社で祀られている。

昭和60年(1985年)、台風13号の被害により社殿は大破し、現在の社殿はその後再建したもの。また、台風被害の翌年から現社号に改称。

推定樹齢1600年の楠の御神木があり、「蒲生の大クス」として、国の特別天然記念物。日本一の巨樹であると認定され、当社では「日本一の大楠」としている。

宇佐八幡宮神託事件で大隅へ配流された和気清麻呂が当地を訪れ、猪の襲来で足を怪我していたためか、手にしていた杖を地に刺したものが根付いたものと伝えられる。創建当初からの御神木。

ちなみに、清麻呂の足を癒したという伝承が、福岡県北九州市の御祖神社(足立山妙見宮)に伝わる。

直径20センチ強の鎌倉時代の銅鏡である秋草双雀文様銅鏡1面がある。国の重要文化財に指定されている。なおこの他にも116面の銅鏡が所蔵され、鹿児島県下で最も多くの銅鏡を所蔵する神社である。

境内には、四所宮(仁徳天皇宇治皇子宇礼姫久礼姫)、武内神社(武内宿禰)、天社(天神七代)、國社(地神五代)、早風社(大人隼人)、十八種神社がある。

社殿のすぐ近くには蒲生小学校が建っているが、かつて寺院があったとされ、昭和初期に墓地移転の際に地中から巨大な仏像が発掘された。

なお、当社は進藤彦興『詩でたどる日本神社百選』に掲載されている。

【ご利益】
諸願成就、子孫繁栄、厄災除け、武運長久・勝運
蒲生八幡神社(姶良市)
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蒲生八幡神社(姶良市)の御朱印