「筑後の奇祭」うう人形が伝わる、立花宗茂が崇敬した祇園社
[住所]福岡県みやま市瀬高町上庄163
[電話]0944-62-4426

八坂神社(やさかじんじゃ)は、福岡県みやま市瀬高町上庄にある神社。近代社格では県社御朱印の有無は不明。

明治以前の旧称は瀬高祇園宮、または瀬高上庄祇園宮で、このために今でも俗称「上庄の祇園さん」で親しまれ、上庄八坂神社とも呼ばれる。

御祭神は、素盞鳴尊応神天皇武内宿禰公、和田住尊。平安時代の安元2年(1176年)に宇都宮弥三郎の子、小太郎中次と重国により勧請されたという。

文禄5年(1596年)の石高は立花家文書の一つ『寺社領高覚書』に瀬高上庄村内30石とある。また、立花親茂(後の立花宗茂)より50石が寄進されてる。

関ヶ原の戦いによる敗戦で宗茂が改易され、田中吉政が柳河藩に入封するが、50石を安堵される。『田中筑後守殿家人数並知行付帳』では「58石 瀬高祇園領」とある。

田中氏が無嗣断絶になると立花宗茂が再度柳河藩主になる。元和7年(1621年)に宗茂により社殿再建される。

延宝9年・天和元年(1681年)頃の史料『延宝九酉年知行取無足扶持方共』に「同断(50石)瀬高祇園宮社領」と「3石3舛1合 (瀬高祇園宮)宮司」とある。『旧柳川藩誌』では境内の広さ4町8反余りとある。

柳河藩領内の多くの神社同様に旧暦6月15日に祇園会が行われ、瀬高上庄祇園宮の祇園会の場合は柳河藩家老が代参した。明治の神仏分離令により名称を現社号に変更した。

例祭は4月16日。また、旧来は6月1日-11日だったが、現在は7月24日・25日に俗に「うう人形さん」と呼ばれる祭礼がある。

7月21日に献灯を行う「提灯ぞろえ」(大提灯)、7月24・25日には無病息災を祈願する「大人形」の神事が行われる。

高さ2.5メートル、直径1メートルの巨大な提灯には花鳥風月や人物が描かれ、制作に約50日以上かかるとされる。

その材料には魚の鱗や虫の羽、木の皮などが用いられており、鮮やかな色彩とその細密な技は一見の価値あり。囃子方が鉦を打ち鳴らしながら町内を優雅に練り歩く。

高さ2メートルの大人形が通称「うう人形」で、その股をくぐると病にかからず無病息災のご利益を授かるといわれている。

そのユニークさから「筑後の奇祭」とも言われ、夜通し行われる期間中は多くの参拝客で賑わう。大人形・大提灯として、県指定有形民俗文化財。

【ご利益】
厄災除け、病枚退散、無病息災
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