『出雲国風土記』国引き神話ゆかり、10月にはジャンボ綱引き大会
[住所]島根県出雲市西園町上長浜4258
[電話]0853-28-0383
長浜神社(ながはまじんじゃ、長濱神社)は、島根県出雲市西園町にある神社。近代社格では県社。出雲國神仏霊場19番。参拝すれば、御朱印を頂ける。
島根半島の西の付け根の辺り、『出雲国風土記』所載の「薗之長濱」、もしくは「薗松山」に比定される砂丘地帯の近くにある妙見山に鎮座する。
『出雲国風土記』国引き神話の主人公である八束水臣津野命(やつかみずおみつのみこと)を主祭神とし、布帝耳命(ふてみみのみこと)・淤美豆奴命(おみずぬのみこと)を配神として祀る。
『古事記』では、淤美豆奴命はスサノヲの四世孫、オオクニヌシの祖父に当たる。布帝耳命はその妻。当社では淤美豆奴命は八束水臣津野命の子としている。
当社と同じように、八束水臣津野命と淤美豆奴命を祀る神社に鳥取県日野郡日野町の金持神社がある。
『出雲国風土記』出雲郡条に記載のある「出雲社」、また『延喜式神名帳』にある「出雲神社(出雲国・出雲郡)」に比定される場合がある、式内社(小社)の論社。
ただし、当社の位置は神門郡であり、矛盾がある。中世から近世にかけては「妙見社」「薗村妙見神社」などと呼ばれた。
江戸時代前期の延宝3年(1675年)、社殿が焼失し、松江藩主松平綱近の命によって造営され、再建された。明治5年(1872年)に現在の社名となった。
例祭は10月13日。毎年10月上中旬の日曜日に国引き神話にちなんだジャンボ綱引き大会が行われる。
【ご利益】
技芸・スポーツ上達、勝運

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・島根県の旧県社 | 府県社とは? - 旧県社(縣社)・旧府社、その都道府県の中で有力な神社
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長浜神社(ながはまじんじゃ、長濱神社)は、島根県出雲市西園町にある神社。近代社格では県社。出雲國神仏霊場19番。参拝すれば、御朱印を頂ける。
島根半島の西の付け根の辺り、『出雲国風土記』所載の「薗之長濱」、もしくは「薗松山」に比定される砂丘地帯の近くにある妙見山に鎮座する。
『出雲国風土記』国引き神話の主人公である八束水臣津野命(やつかみずおみつのみこと)を主祭神とし、布帝耳命(ふてみみのみこと)・淤美豆奴命(おみずぬのみこと)を配神として祀る。
『古事記』では、淤美豆奴命はスサノヲの四世孫、オオクニヌシの祖父に当たる。布帝耳命はその妻。当社では淤美豆奴命は八束水臣津野命の子としている。
当社と同じように、八束水臣津野命と淤美豆奴命を祀る神社に鳥取県日野郡日野町の金持神社がある。
『出雲国風土記』出雲郡条に記載のある「出雲社」、また『延喜式神名帳』にある「出雲神社(出雲国・出雲郡)」に比定される場合がある、式内社(小社)の論社。
ただし、当社の位置は神門郡であり、矛盾がある。中世から近世にかけては「妙見社」「薗村妙見神社」などと呼ばれた。
江戸時代前期の延宝3年(1675年)、社殿が焼失し、松江藩主松平綱近の命によって造営され、再建された。明治5年(1872年)に現在の社名となった。
例祭は10月13日。毎年10月上中旬の日曜日に国引き神話にちなんだジャンボ綱引き大会が行われる。
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