錦が浦の伝承、初めて住吉大神が祀られた「住吉神社の発祥の地」
[住所]兵庫県明石市魚住町中尾1031
[電話]078-946-0417

住吉神社(すみよしじんじゃ)は、兵庫県明石市魚住町中尾にある神社。近代社格では県社。参拝すれば、御朱印を頂ける。市内に複数の住吉神社があるが、当社はその代表格。

御祭神は、底筒男命中筒男命表筒男命住吉三神気長足姫命。『源氏物語』の「須磨」「明石」で頻出する住吉の神に擬せられ、光源氏と明石の君が描かれた良縁祈願絵馬もある。

伝承によれば、神功皇后の三韓征伐の際、播磨灘で暴風雨が起こったため、魚住に避難し住吉大神に祈願をすると暴風雨がおさまったという。

その際、皇后の衣を松の枝に掛け干していたところ、風になびき錦のように美しく見えたことから「錦が浦」と呼ばれるようになった。

凱旋後、神功皇后により住吉大神は摂津国住吉に祀られた。住吉大社である。

大阪の住吉大社に伝わる『住吉大社神代記』によれば、住吉大神より「播磨国に渡り住みたい。藤の枝の流れ着く所に祀れ」との託宣があり、藤の枝を海に浮かべると、魚住に流れ着いた。

そこで、第21代雄略天皇8年(464年)に当地に住吉大神を勧請したの。これが当社の創建である。初めて住吉大神が祀られた地ということで、「住吉神社の発祥の地」と称されている。

正応5年(1292年)に現在地に遷座した。海上守護、産業、和歌文学の祖神と仰がれ、交通安全、商工業、学業の守護神となっている。

周辺の漁船の多くが当社にちなんで「住吉丸」の船名を付けている。また、謡曲「高砂」に住吉、高砂の松の相生にしたとして住吉明神の神徳を称えており、夫婦円満の神でもある。

境内の能舞台は、明石市内に残る唯一の能舞台で、山門、楼門、能舞台、拝殿、本殿が一直線に並ぶ東播磨地方の典型的様式を備えた社殿は、初代明石城主小笠原忠政(後の忠真)が寛永年間(1624年-1645年)に建立した。

例祭は10月最終日曜日。秋まつりで、神輿・露店・奉納芸能で賑わう。5月1日が春まつりで、能楽奉納がある。5月5日に卯の花神事があり、卯の花まつりとも呼ばれ、伝統芸能が演じられる。

【ご利益】
水難除け、交通安全、学業・受験合格、安産、良縁など(公式HP
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住吉神社(明石市)の御朱印