役小角が開山した信州三大修験霊場の一つ、3年に一度の柱松神事
[住所]長野県飯山市瑞穂小菅
[電話]0269-62-3133
小菅神社(こすげじんじゃ)は、長野県飯山市にある神社。近代社格では県社。戸隠・飯綱とともに信州三大修験霊場の一つ。明治までは、小菅山元隆寺という寺院だった。御朱印の有無は不明。
飯山市の小菅集落の周辺では、縄文時代にさかのぼる集落遺跡が発見されており、弥生時代中期には稲作が開始されていたことが分かっている。相当古くから人が住まい、当然そこには何らかの祭祀が行われていた。
役小角(634年-701年)が諸国を巡っていた折、小菅山に達し、神木霊草に満ちた山野のありさまに心を打たれているところに地主神が現れた。
役小角は、地主神から、この土地が諸神集合の地であり、仏法を広めるにまさに相応しい地で、地主神みずからも守護を与えると告げられた。
このお告げを受けた役小角が祈願に勤しんでいると、今度は小菅権現が出現。小菅権現は、みずからが馬頭観音の化身であり、仏法の擁護と興隆に力を貸すと告げた。
役小角は、小菅権現を主神とし、併せて熊野・金峯山(吉野)・白山・立山・山王・走湯・戸隠の7柱の神々を勧請し、祀ったという。現在も主祭神は八所権現。
坂上田村麻呂が大同年間(806年-810年)にこの地を訪れ、八所権現本宮や加耶吉利堂を再建したほか、元隆寺を建立し、諸塔堂を整備したという。
戦国時代には上杉氏の庇護下に置かれ、なかでも上杉謙信の弘治3年(1557年)の田村麻呂の名に触れつつ武運を祈念した願文が残されている。
しかし永禄10年(1567年)の川中島の戦いで、敗退した上杉軍を追撃する武田氏の軍勢によって、元隆寺は兵火に遭い本堂を除く堂塔はことごとく焼失した。
ただし、国の重要文化財に指定されている、標高820メートル付近にある奥社本殿は天文年間(1532年-1554年)の建立とみられ、内部に安置される禅宗様の宮殿2基は永正5年(1508年)建立の記録がある。
小菅山の経営にあたっていた別当寺院大聖院のほか、18坊が願主となり、天正19年(1591年)に再興。文禄2年(1593年)、越後の人、金丸与八郎が鉄製鰐口を奉納している。
柱松柴灯神事(柱松柴燈神事)が伝わる。かつては毎年7月15日に行われていたが、現在では3年に1度、7月半ばの日曜に催行される。「小菅の柱松行事」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
【ご利益】
身体壮健、リフレッシュ、武運長久・勝運

【関連記事】
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小菅神社(こすげじんじゃ)は、長野県飯山市にある神社。近代社格では県社。戸隠・飯綱とともに信州三大修験霊場の一つ。明治までは、小菅山元隆寺という寺院だった。御朱印の有無は不明。
飯山市の小菅集落の周辺では、縄文時代にさかのぼる集落遺跡が発見されており、弥生時代中期には稲作が開始されていたことが分かっている。相当古くから人が住まい、当然そこには何らかの祭祀が行われていた。
役小角(634年-701年)が諸国を巡っていた折、小菅山に達し、神木霊草に満ちた山野のありさまに心を打たれているところに地主神が現れた。
役小角は、地主神から、この土地が諸神集合の地であり、仏法を広めるにまさに相応しい地で、地主神みずからも守護を与えると告げられた。
このお告げを受けた役小角が祈願に勤しんでいると、今度は小菅権現が出現。小菅権現は、みずからが馬頭観音の化身であり、仏法の擁護と興隆に力を貸すと告げた。
役小角は、小菅権現を主神とし、併せて熊野・金峯山(吉野)・白山・立山・山王・走湯・戸隠の7柱の神々を勧請し、祀ったという。現在も主祭神は八所権現。
坂上田村麻呂が大同年間(806年-810年)にこの地を訪れ、八所権現本宮や加耶吉利堂を再建したほか、元隆寺を建立し、諸塔堂を整備したという。
戦国時代には上杉氏の庇護下に置かれ、なかでも上杉謙信の弘治3年(1557年)の田村麻呂の名に触れつつ武運を祈念した願文が残されている。
しかし永禄10年(1567年)の川中島の戦いで、敗退した上杉軍を追撃する武田氏の軍勢によって、元隆寺は兵火に遭い本堂を除く堂塔はことごとく焼失した。
ただし、国の重要文化財に指定されている、標高820メートル付近にある奥社本殿は天文年間(1532年-1554年)の建立とみられ、内部に安置される禅宗様の宮殿2基は永正5年(1508年)建立の記録がある。
小菅山の経営にあたっていた別当寺院大聖院のほか、18坊が願主となり、天正19年(1591年)に再興。文禄2年(1593年)、越後の人、金丸与八郎が鉄製鰐口を奉納している。
柱松柴灯神事(柱松柴燈神事)が伝わる。かつては毎年7月15日に行われていたが、現在では3年に1度、7月半ばの日曜に催行される。「小菅の柱松行事」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
【ご利益】
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