木曽三川分流の1755年宝暦治水を完工した薩摩藩家老平田靱負と藩士を奉斎
[住所]岐阜県海津市海津町油島
[電話]0584-54-5928

治水神社(ちすいじんじゃ)は、岐阜県海津市海津町にある神社。水難避け、家内安全、交通安全にご利益がある。参拝すれば、御祭神にちなんだ「薩摩義士」などとある御朱印を頂ける。

近くには木曽三川公園(木曽三川公園センター)がある。御祭神は薩摩藩家老平田靱負(ひらたゆきえ)と、薩摩藩士84名。境内の幕などは、島津家の家紋「丸に十の字」。

平田靱負は、宝暦4年-5年(1754年-1755年)、薩摩藩が幕府の命で行なった、木曽三川分流の治水工事(宝暦治水)の責任者。

治水工事が終わると、莫大な工事費用と数多くの藩士が亡くなったことの責任を取り、靱負は自害した。

しかし、この宝暦治水は長らく忘れ去れていた。明治になり、三重県多度に住む西田喜兵衛がこの工事の様子を世間に知らせ、犠牲者の慰霊と顕彰に邁進した。

明治33年(1900年)、近代の木曽三川の治水工事の成功式にあわせて「宝暦治水之碑」が、時の総理大臣山県有朋を迎えて油島千本松原に建立された。

その流れの中で当社は薩摩藩士を祀るために、昭和2年(1927年)に起工。地元の人々の浄財で建立される。昭和13年(1938年)の創建。

毎年4月25日と10月25日が例祭で、平田靱負と薩摩藩士の功績と供養のための慰霊祭が行なわれる。境内には、治水観音堂があり、治水観音大菩薩(海津市指定有形文化財)と薩摩藩士の位牌が祀られている。

今でも当社や岐阜、そして薩摩の鹿児島は関係を保ち、当社はその心の架け橋として、縁むすびの御神徳もあるという。

【ご利益】
 除災招福・心願成就・家内安全・国土安穏(公式HP
治水神社 - 木曽三川分流の1755年宝暦治水を完工した薩摩藩家老平田靱負と藩士を奉斎
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