女性の下の病にご利益、人形供養と雛流し、針供養が有名な古社
[住所]和歌山県和歌山市加太118
[電話]073-459-0043

淡嶋神社(あわしまじんじゃ)は、和歌山県和歌山市加太、加太淡嶋温泉近くにある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

加太淡嶋神社、加太神社とも。全国にある淡島神社・粟島神社・淡路神社の総本社である。

延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 紀伊国 名草郡「加太神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

御祭神は淡島神。淡島神については、『古事記』にある淡島とする指摘など諸説あるが、当社では、少彦名命としている。また、大己貴命息長足姫命を祀る。

神話において、国造りをした少彦名命と大己貴命の祠が、加太の沖合いの友ヶ島のうちの神島(淡島)に祀られたことが始まりとされる。県内の神社の中で、極めて古い歴史があるとされる。

社伝によれば、三韓出兵の帰途、瀬戸の海上での突然の嵐に遭遇した神功皇后が、船中で祈りを捧げた。

そこに、「船の苫を海に投げ、その流れのままに船を進めるように」とのお告げがあり、友ヶ島に無事入港できた。

これに感謝した神功皇后は、持ち帰った三韓渡来の宝物を先述の二神に奉納した。

その数年後、神功皇后の孫である第16代仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来た際、そのいわれを聞き及び、島では不自由であろうと考え、社を対岸の加太に移し、現在のような社殿を造営したという。

淡島神は住吉神の妃神で、婦人病にかかったため淡島に流され、そこで婦人病を治す誓いを立てたとする伝承がある。

淡島が住吉大社の社領となったこととの関連も指摘されるが、当社は婦人病を始めとして安産・子授けなど女性に関するあらゆることを御神徳とする。

江戸時代には、淡島願人と呼ばれる人々が、淡島明神の人形を祀った厨子を背負い、淡島明神の神徳を説いて廻ったため、淡島信仰が全国に広がった。

社殿は豊臣秀吉の紀州征伐で焼失したが、その後浅野幸長が再建、紀州徳川家の初代徳川頼宣が修復を加え、さらに江戸時代末期に第10代徳川治宝が造営した。

現在の社殿は、昭和54年(1979年)に竣功したもの。

雛人形や市松人形、はてはフランス人形まで、約2万体あるといわれる奉納された人形が社殿を埋め、人形供養で有名。

境内地下には無数の霊現象を見せる人形が安置されている、とも言われ、心霊スポットとしても名高い。

3月3日には雛祭があり、雛流しの神事が斎行される。穏やかな春の海に千羽鶴がまかれ、神の国へと続く道ができる。

そこへ、本殿でお祓いを受けた人形を満載した白木の船が、先導する船に引かれ、沖へ沖へと向かっていく。

また、針供養でも有名。境内には針塚が建てられており、毎年2月ごろに全国から集められた針を供養する針祭が斎行される。

婦人病祈願でも知られ、かつては祈願のため男根形や自身の髪の毛などが奉納されていたが、現在はそれらに代わって自身の履いていた下着(パンツ)を奉納する女性が多い。

境内奧の末社には絵馬などと共に多数の女性用下着が奉納されている。

春の大祭は4月3日。以前は3月3日に行われていた。当日参拝するとご利益が大きいと伝えられる。

10月3日午前11時からは秋の大祭で、甘酒祭。御祭神の少彦名命は酒造の神でもあり、新米で甘酒を作り、神殿に感謝を込めて供える。

金銅造丸鞘太刀、大円山形星兜が国の重要文化財に指定されている。授与品として、縁結び守や、婦人病関係にご利益があるとされるお雛守などがある。

境内には、当社の近くで生まれ巨万の富を築いた紀国屋文左衛門が、江戸に移り住む前に奉納した、紀文稲荷社がある。

【ご利益】
婦人病、子授け・安産、病気平癒、海上安全・水難除け(公式HP
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淡嶋神社(和歌山市)の御朱印