平安初期再建、獅子舞神事など、三光大神として「日・月・星」を祀る社
[住所]本宮:秋田県秋田市牛島西3-10-11
[電話]018-863-9463

三皇熊野神社(さんこうくまのじんじゃ)は、秋田県秋田市牛島にある神社。近代社格では村社、「三皇さん」「竹原さん」で親しまれる。参拝すれば、御朱印を頂ける。

御祭神は、本宮・里宮ともに天照皇大神伊邪那岐大神伊邪那美大神須佐之男命を主神とし、配神として稲荷大神、八幡大神を祀る。

現在の本宮は、元は三皇神社と呼ばれ、創立年月日不詳。

ただし、平安時代初期、桓武天皇の延暦23年(804年)、征夷大将軍坂上田村麻呂が竹原三光の神に祈誓して、高清水の丘に向って矢を放ったと言われており、賊を討った報賽として社殿を再建したという。

境内には田村麻呂の杖に根がついたというブナの大木があり、戦前まで、地上八尺くらいの所からこんこんと水が流れ、「霊水の大木」といわれ、霊水は眼病に効くとされた。

また、現在は枯れてしまったが、田村麻呂の弓の弦を掛けたという「弦かけの松」といわれ、参道中央にあった。

慶長5年(1600年)に御分霊を勧請して、現在の里宮である元の熊野神社(牛島東2-2-36)が遷座される。天明年間(1781年-1788年)に観音菩薩(通称:メロリ観音)が安置され、伝応山熊野権現と称した。

久保田巡礼三十三番札所の第7番だった。

三皇神社は、江戸時代以前より三光大神として「日・月・星」を祀る社といわれ、『六郷郡邑記』享保15年(1730年)には「三光宮」の記述があり、また菅江真澄『遊覧記』文化12年(1815年)にも、「竹原三光宮トテ日月星ヲ斎クニヤ云々」とある。

当社は、秋田藩主佐竹氏の久保田城より南西の裏鬼門の方角にあたり、また牛島は参勤交代で江戸に向かうための交通の要衝でもあり、佐竹氏の五本骨月扇紋が付された文久年間(1861年-1864年)に制作された獅子頭が伝わっている。

他にも嘉永7年(1854年)に奉納された狛犬、安政2年(1855年)の「竹原三皇宮」とある御神鏡、文久2年(1862年)の手水鉢、元冶元年(1864年)の三皇大神宮銘の碑がある。

明治7年に村社に、明治33年(1900年)に本殿と拝殿が再建された。明治41年(1908年)には神饌幣帛料供進神社に指定される。

明治44年(1910年)、大野中道上段無格社八幡神社を合祀。また同年、古川端無格社神明社、村社熊野神社を合祀して、現社号に改称した。

昭和48年(1973年)に幣殿を増改築。平成5年(1993年)に本宮社務所を新築。現在の社殿は平成16年(2004年)に本宮御鎮座1200年、里宮御鎮座400年を記念し、全面改築、客殿を新築したものである。

例祭は7月11日。7月第2土・日曜日は三皇祭と呼ばれる。神輿渡御、曳山行事などの奉納行事の他、子供達による巫女舞やお囃子の奉納もある。

正月の寒の入りから14日ころまで、牛島町内の家々を回りお祓いする獅子舞神事が伝わる。

「むすび」の神として知られ、縁結び、子授け安産など、人生に結びついた御神徳として信仰されている。境内社として三皇稲荷神社がある。

【ご利益】
災厄除け・開運招福・八方除け・縁結び・安産(公式HP
三皇熊野神社 - 平安初期再建、獅子舞神事など、三光大神として「日・月・星」を祀る社
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