観音寺の敷地内、紀州から渡来した日秀上人が鍾乳洞を霊跡として宮を建立・創祀
[住所]沖縄県国頭郡金武町金武222
[電話]098-968-8581

金武宮(きんぐう)は、沖縄県国頭郡金武町にある神社。琉球八社の一つで、近代社格では無格社。金武観音寺の敷地にある永酒堂とも呼ばれる金武鍾乳洞内、あるいは鍾乳洞そのもの。当宮そのものの御朱印の有無は不明だが、金武観音寺では御朱印が頂ける。

『琉球国由来記 巻11 密門諸寺縁起』には観音寺の開基について、補陀落山を求めて渡来した日秀上人が、尚清王の御代の嘉靖年間(1522年-1566年)に、この地にあった洞窟を霊跡として宮を建て、自身が彫った三尊を権現正体として崇め奉ったとしている。

御祭神は、熊野権現として伊弉冉尊・速玉男命・事解男命。一説に日秀上人は補陀落山ではなく、紀州から中国へ渡る途中だったとも、当地で農業指導を行い、神人(かみんちゅ)と慕われたとも。

この鍾乳洞には大蛇伝説があり、美しい青年が村で一番美しい娘を誘い出し、この洞の前で大蛇に姿を変え、娘に巻きついて洞の中へ消えていく、というもの。大蛇が若い娘の生肝を喰らっており、周囲の村民は戦々恐々としていたという。

日秀上人は、この大蛇を祠に封印し、村民を恐怖から解放したとも伝わる。

「日秀洞」とも呼ばれるこの鍾乳洞は深さ20-30メートル、全長270メートルと巨大であり、一番下にある拝所が当宮と考えられているが、洞内には複数の小祠があり、分かりづらい。洞そのものが、信仰の対象だと考えられる。

この鍾乳洞は、観音寺近くの蔵元「金武酒造」の泡盛の保管・貯蔵所としても利用されており、ここで3年以上寝かせた泡盛は古酒(クースー)と呼ばれ、珍重されているという。

琉球八社は、通常王府から神職の役俸並びに営繕費が支給されるが、当宮は神職を置かず観音寺の住職が経営していたため、王府からの経済的援助は受けてこなかった。

現在では、子宝、子授けのパワースポットとしても知られている。

【ご利益】
子宝・子授け、諸願成就
金武宮 - 観音寺の敷地内、紀州から渡来した日秀上人が鍾乳洞を霊跡として宮を建立・創祀
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