土佐国総社は国分寺境内社で西隣、1669年に土佐藩主が現在地に移築
[住所]高知県南国市国分国分寺境内
[電話]-
総社(そうしゃ、總社)は、高知県南国市、国分寺の西隣にある神社。土佐国総社。国府総社神社などとも呼ばれる。御朱印の有無は不明。
創建の年代は不詳。『延喜式神名帳』にある土佐国21社(安芸郡3社、香美郡4社、長岡郡5社、吾川郡1社、幡多郡3社)の御分霊を勧請して祀る。
当初は国分新町の南方にあったが、寛文9年(1669年)、土佐藩第4代藩主山内豊昌により現在地に移築された。
現在地は、住所は国分寺境内で、国分寺境内社とされる場合もあるが、距離は若干離れている。
その西方、岡豊城跡のすぐ北の山頂には、国分寺の守護神である国分八幡宮ともされる岡豊別宮八幡宮がある。
平成26年(2014年)、石造の鳥居が新築された。寄付を募ったところ、目標額以上が集まったと言い、残った寄付で神殿の修理が行われるという。
【ご利益】
地域安寧、家内安全
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創建の年代は不詳。『延喜式神名帳』にある土佐国21社(安芸郡3社、香美郡4社、長岡郡5社、吾川郡1社、幡多郡3社)の御分霊を勧請して祀る。
当初は国分新町の南方にあったが、寛文9年(1669年)、土佐藩第4代藩主山内豊昌により現在地に移築された。
現在地は、住所は国分寺境内で、国分寺境内社とされる場合もあるが、距離は若干離れている。
その西方、岡豊城跡のすぐ北の山頂には、国分寺の守護神である国分八幡宮ともされる岡豊別宮八幡宮がある。
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