式内の古社で薩摩国二宮、西南戦争ですべて焼失して荒廃も戦後に復興
[住所]鹿児島県出水市下鯖町1272
[電話]0996-67-2800
加紫久利神社(かしくりじんじゃ)は、鹿児島県出水市下鯖町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
『延喜式』巻9・10神名帳 西海道神 薩摩国 出水郡「加紫久利神社」に比定される式内社(小社)。薩摩国二宮で、近代社格では県社。
御祭神は天照大神、多紀理毘売命、住吉三神(表筒男命・中筒男命・底筒男命)、応神天皇、神功皇后。伊邪那岐命と伊邪那美命も祀られているとも。
創建年代は不詳だが、奈良朝にはすでに存在しており、『三代実録』には貞観2年(860年)3月20日の従五位上より同8年(866年)4月7日正五位上までの三度の神階昇叙の記載が見える。
『延喜式』神名帳には枚聞神社とともに薩摩国ではわずか二社しか記載されていない古社。そのため、古来薩摩二宮として朝廷の尊崇も厚く、信仰の中心であった。
文献上、薩摩国は鎌倉時代以後、一宮が二社(枚聞神社と新田神社)存在し、二宮が不詳となるとされるが、当社は一貫して二ノ宮として崇敬されたと思われる。
島津氏の治世となってからも薩摩の総社として尊ばれ、22代島津吉貴は社殿を改築し、60石を与えるなど、歴代藩主の修理・改造・再建は十余度に及んだという。
明治6年(1874年)に県社として再興された後も、神域広大で森厳この上無く、深く官民の尊崇するところであった。
しかし、明治10年(1878年)6月3日、西南戦争の兵火により、門守社以外の社殿・神山・神宝・古文書など灰燼に帰した。
明治13年(1881年)には再興されたが、地租改正・農地改革により境内地は縮小され、戦後、社殿の老朽化と老樹の虫害とで神域は荒廃。
氏子による復興の気運が高まり、昭和36年(1961年)3月に改築。更に平成元年(1989年)にも改築されて一新、往年の賑わいを取り戻しつつある。
本殿に立派な鶴と亀の彫刻があり、最近では鶴亀神社としても信仰が深い。摂末社として、稲荷神が祀られている。
例祭は春が3月4日、秋が11月23日。春の例祭では御田植の庭祭がある。仮装した田起こし牛・鼻取り役・馬鍬取りの農夫によるユーモラスな牛耕の儀と、お祓いをした種籾を播く散籾の儀からなる。
この籾は混ぜて苗を作ると豊作になるといわれ、また家内安全・商売繁盛にと、みな我先に持ち帰る。
【ご利益】
五穀豊穣・商売繁盛、家内安全、交通安全
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『延喜式』巻9・10神名帳 西海道神 薩摩国 出水郡「加紫久利神社」に比定される式内社(小社)。薩摩国二宮で、近代社格では県社。
御祭神は天照大神、多紀理毘売命、住吉三神(表筒男命・中筒男命・底筒男命)、応神天皇、神功皇后。伊邪那岐命と伊邪那美命も祀られているとも。
創建年代は不詳だが、奈良朝にはすでに存在しており、『三代実録』には貞観2年(860年)3月20日の従五位上より同8年(866年)4月7日正五位上までの三度の神階昇叙の記載が見える。
『延喜式』神名帳には枚聞神社とともに薩摩国ではわずか二社しか記載されていない古社。そのため、古来薩摩二宮として朝廷の尊崇も厚く、信仰の中心であった。
文献上、薩摩国は鎌倉時代以後、一宮が二社(枚聞神社と新田神社)存在し、二宮が不詳となるとされるが、当社は一貫して二ノ宮として崇敬されたと思われる。
島津氏の治世となってからも薩摩の総社として尊ばれ、22代島津吉貴は社殿を改築し、60石を与えるなど、歴代藩主の修理・改造・再建は十余度に及んだという。
明治6年(1874年)に県社として再興された後も、神域広大で森厳この上無く、深く官民の尊崇するところであった。
しかし、明治10年(1878年)6月3日、西南戦争の兵火により、門守社以外の社殿・神山・神宝・古文書など灰燼に帰した。
明治13年(1881年)には再興されたが、地租改正・農地改革により境内地は縮小され、戦後、社殿の老朽化と老樹の虫害とで神域は荒廃。
氏子による復興の気運が高まり、昭和36年(1961年)3月に改築。更に平成元年(1989年)にも改築されて一新、往年の賑わいを取り戻しつつある。
本殿に立派な鶴と亀の彫刻があり、最近では鶴亀神社としても信仰が深い。摂末社として、稲荷神が祀られている。
例祭は春が3月4日、秋が11月23日。春の例祭では御田植の庭祭がある。仮装した田起こし牛・鼻取り役・馬鍬取りの農夫によるユーモラスな牛耕の儀と、お祓いをした種籾を播く散籾の儀からなる。
この籾は混ぜて苗を作ると豊作になるといわれ、また家内安全・商売繁盛にと、みな我先に持ち帰る。
【ご利益】
五穀豊穣・商売繁盛、家内安全、交通安全
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