弘前藩主の意向で創建された、戦後も「護国神社」の名称を守った一社
[住所]青森県弘前市下白銀町1-3
[電話]0172-32-0033

青森県護国神社(あおもりけんごこくじんじゃ、青森縣護國神社)は、青森県弘前市下白銀町、弘前公園内にある神社。近代社格では内務大臣指定護国神社、現在は全國護國神社會の一社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

戦没した青森県出身者、2万9171柱の御霊(英霊)を神として祀る。

明治3年(1870年)、弘前藩12代藩主・津軽承昭の意向により、箱館戦争の戦没者慰霊のため、弘前市に隣接する富田村に招魂堂を建立、創建された。

明治21年(1888年)12月に弘前市上白銀町(現 藤田記念庭園)へ、明治43年(1910年)3月に弘前招魂社として現在地に移築された。

日本海軍の敷設艦「津軽」の艦内神社に分祀。

昭和11年(1936年)8月、青森招魂社に改称。昭和14年(1939年)4月、内務大臣指定護国神社となり、現社号となる。

戦後、GHQへの配慮から、自主的に社名を変更する護国神社が多かったが、当社は社号の変更をしなかった、全国でも四つしかない護国神社の一つ。

境内には弔戦歿諸霊碑、西舘孤清記念碑、宇都野研の歌碑、消防弔魂碑、工藤行幹君碑・蒲田広君碑、一戸兵衛「至誠純忠」碑、大演習「賜宴」碑、軍艦津軽之碑、「建碑首唱者」碑などがある。

4月下旬から5月にかけて弘前公園などで行われるさくらまつりにおいては、当社境内にも多数の出店があり、参拝客も多くなる。

【ご利益】
国および地域の守護神
青森県護国神社 - 弘前藩主の意向で創建された、戦後も「護国神社」の名称を守った一社
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津軽 - Wikipedia