「いつか」が飯塚になった、神功皇后が三韓征伐終了後に祭祀した聖地
[住所]福岡県飯塚市宮町2-3
[電話]0948-22-0511
曩祖八幡宮(のうそはちまんぐう)は、福岡県飯塚市宮町にある神社。近代社格では県社、現在は神社本庁の別表神社。旧称は納祖宮。飯塚の鎮守として崇敬され、また子守りの神としても信仰されている。参拝すれば、御朱印を頂ける。
御祭神は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・武内宿禰および天神地祇。八幡三神ならぬ、全国的にも珍しい八幡四神であり、同じ八幡四神の琴崎八幡宮(山口県宇部市)とも違う顔ぶれになっている。
神功皇后が三韓征伐からの帰途、納祖の森に祭壇を設けて天神地祇を祀り、長年つき従った九州の臣たちと別れを惜しんだと伝えられる。
この時、人々が「またいつか尊顔を拝し奉らん」と口々に言い、この「いつか」が「飯塚」の名の由来であるという。
社伝では、その跡に作られたのが当社であるという。創建年代は不詳であるが、里人は当社境内地である聖地を納祖の森=嚢祖の杜と称え、祖先の神霊を祀った。延文4年(1359年)には社殿が建立されていた記録が残る。
後に長崎街道の宿場町として栄えた飯塚の産土神として多大な信仰を集め、大正13年(1924年)に県社に昇格した。
境内末社に、若光稲荷神社・祇園宮・天満宮・志賀神社・大神宮・住吉神社・水守神社・産乃宮・十日恵比寿社・三日恵比寿社がある。
例祭は春季が4月15日、秋季が10月15日。2月3日が節分星祭、5月第2日曜日が人形感謝祭。
【ご利益】
安産、厄除け、家内安全、病気平癒など(公式HP)
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・福岡県の別表神社 | 別表神社とは? - 神社本庁に属する神社の現代版官国幣社
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[電話]0948-22-0511
曩祖八幡宮(のうそはちまんぐう)は、福岡県飯塚市宮町にある神社。近代社格では県社、現在は神社本庁の別表神社。旧称は納祖宮。飯塚の鎮守として崇敬され、また子守りの神としても信仰されている。参拝すれば、御朱印を頂ける。
御祭神は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・武内宿禰および天神地祇。八幡三神ならぬ、全国的にも珍しい八幡四神であり、同じ八幡四神の琴崎八幡宮(山口県宇部市)とも違う顔ぶれになっている。
神功皇后が三韓征伐からの帰途、納祖の森に祭壇を設けて天神地祇を祀り、長年つき従った九州の臣たちと別れを惜しんだと伝えられる。
この時、人々が「またいつか尊顔を拝し奉らん」と口々に言い、この「いつか」が「飯塚」の名の由来であるという。
社伝では、その跡に作られたのが当社であるという。創建年代は不詳であるが、里人は当社境内地である聖地を納祖の森=嚢祖の杜と称え、祖先の神霊を祀った。延文4年(1359年)には社殿が建立されていた記録が残る。
後に長崎街道の宿場町として栄えた飯塚の産土神として多大な信仰を集め、大正13年(1924年)に県社に昇格した。
境内末社に、若光稲荷神社・祇園宮・天満宮・志賀神社・大神宮・住吉神社・水守神社・産乃宮・十日恵比寿社・三日恵比寿社がある。
例祭は春季が4月15日、秋季が10月15日。2月3日が節分星祭、5月第2日曜日が人形感謝祭。
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