「東北のお伊勢さま」、明治期に異例の遥拝所からスムーズに神社として成立
[住所]福島県郡山市開成3-1-38
[電話]024-932-1521
開成山大神宮(かいせいざんだいじんぐう)は、福島県郡山市開成にある神社。近代社格では県社。「東北のお伊勢さま」と呼ばれる。参拝すれば、御朱印を頂ける。
拝殿にある神号は、明治天皇の側近として知られる有栖川宮熾仁親王による書。
御祭神は、天照大御神・豊受大神・神倭伊波禮彦命。
安積開拓の開拓民の精神的なよりどころにするため、福島県の典事の中條政恒が伊勢の神宮(伊勢神宮)の分霊の奉遷を神宮司庁へ働きかけた結果、明治9年(1876年)に認可がおりて創建。
明治6年(1873年)当初は「遥拝所」として計画され、翌明治7年(1874年)10月までに本殿と拝殿が竣工した。
明治8年(1875年)12月3日、中條は地元から上がってきた皇大神宮(内宮)の御霊代を奉祭する神社建設の願書を教部大輔宛てに送付したが、教部省は神宮司庁へ認可を求めるように通達した。
東京(現 東京大神宮)や横浜(現 伊勢山皇大神宮)でさえ遥拝所であり、許可が容易に得られないと考えた中條は旧知の仲であった大教正・西涼寺雪辰に働きかけてもらい、神宮司庁から許可を得たという。
こうして明治9年(1876年)1月29日に太政大臣が認可し、8月4日に現社号が決定した。
地元では「岩代大神宮」を希望したが、「伊勢神宮」と同じように旧国名を冠することに政府が難色を示したため、実現しなかったという。
猪苗代湖から導水した安積疏水の起業式は明治12年(1879年)12月27日に挙行、通水式は明治15年(1882年)10月1日に岩倉具視右大臣ほか要人を招いて当宮で執り行われた。
奉遷100年となる昭和50年(1975年)には、伊勢神宮より用材の撤下を受けて本殿を、そして神楽殿、宝物殿、神札授与所を造営し、同60年(1985年)の御奉遷百十年祭には祈祷者参集所を造営した。
【ご利益】
子孫繁栄、生活全般、衣食住の守護神(公式HP)

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開成山大神宮(かいせいざんだいじんぐう)は、福島県郡山市開成にある神社。近代社格では県社。「東北のお伊勢さま」と呼ばれる。参拝すれば、御朱印を頂ける。
拝殿にある神号は、明治天皇の側近として知られる有栖川宮熾仁親王による書。
御祭神は、天照大御神・豊受大神・神倭伊波禮彦命。
安積開拓の開拓民の精神的なよりどころにするため、福島県の典事の中條政恒が伊勢の神宮(伊勢神宮)の分霊の奉遷を神宮司庁へ働きかけた結果、明治9年(1876年)に認可がおりて創建。
明治6年(1873年)当初は「遥拝所」として計画され、翌明治7年(1874年)10月までに本殿と拝殿が竣工した。
明治8年(1875年)12月3日、中條は地元から上がってきた皇大神宮(内宮)の御霊代を奉祭する神社建設の願書を教部大輔宛てに送付したが、教部省は神宮司庁へ認可を求めるように通達した。
東京(現 東京大神宮)や横浜(現 伊勢山皇大神宮)でさえ遥拝所であり、許可が容易に得られないと考えた中條は旧知の仲であった大教正・西涼寺雪辰に働きかけてもらい、神宮司庁から許可を得たという。
こうして明治9年(1876年)1月29日に太政大臣が認可し、8月4日に現社号が決定した。
地元では「岩代大神宮」を希望したが、「伊勢神宮」と同じように旧国名を冠することに政府が難色を示したため、実現しなかったという。
猪苗代湖から導水した安積疏水の起業式は明治12年(1879年)12月27日に挙行、通水式は明治15年(1882年)10月1日に岩倉具視右大臣ほか要人を招いて当宮で執り行われた。
奉遷100年となる昭和50年(1975年)には、伊勢神宮より用材の撤下を受けて本殿を、そして神楽殿、宝物殿、神札授与所を造営し、同60年(1985年)の御奉遷百十年祭には祈祷者参集所を造営した。
【ご利益】
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