新宿に残る天神町の地名由来、江戸初期頃から天神信仰が盛んな土地柄
[住所]東京都新宿区天神町75-13
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天神町北野神社(てんじんちょうきたのじんじゃ)は、東京都新宿区天神町にある神社。正式名称は北野神社のみか。大橋天神とも。御祭神は菅原道真東京の天神さま32社。当社は赤城神社が管理しており、御朱印はない。

創建は不詳だが、往古より天神町の天神と崇敬され、天神町の名称もこの神社、あるいは下記に記す通り地域として天神とのゆかりが深いところで、江戸前期には広く認知されていたと思われる。

大友宗麟の孫の大友義延は二代将軍徳川秀忠に仕え、現在の天神町から榎町にかけて屋敷を賜って住んでいた。義延はこの屋敷内に太宰府天満宮を勧請し、祀った。

義延の死後大友家は断絶、天満宮は尾張徳川家の外山屋敷から、真定院へ移され高田天神と呼ばれて崇敬された。真定院が明治維新において廃寺となったので、高田天神は水稲荷神社の境内に移転した。

大友家の断絶後、その跡地を大橋隆慶(およそ三代将軍家光の頃)が拝領して住み、隆慶も天満宮を崇敬していたので、将軍家から菅原道真の像を御神体として賜り祀った。これが当社に引き継がれている天神で、大橋天神の呼び名はこれによると思われる。

境内社に豊玉稲荷神社があり、嘉永年間(1848年-1854年)頃は住民の信仰は稲荷の神に帰して、単に稲荷社と呼称されることもあった。その時代の古絵図にも「イナリ」と掲記されている。

現在は天神さまと称している。昭和20年(1945年)5月、戦災により、社殿その他一切焼失。その後に再建している。

『菅原大神千年大祭図会』の東京天満宮二十五社の「大橋天神」が当社に比定できると思われ、いわゆる江戸二十五天神の一社であろう。

例祭は5月25日。

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