多賀大社とゆかり深い磐座信仰の旧跡が残る古社、重文・五輪塔や名勝の庭園
[住所]滋賀県犬上郡多賀町敏満寺49
[電話]0749-48-0136
胡宮神社(このみやじんじゃ)は、滋賀県犬上郡多賀町敏満寺にある神社。御祭神は伊弉諾尊、伊弉冊尊。ゆかりが深く、2キロほどの距離にある多賀大社と同じ。参拝すれば、御朱印を頂ける。
例年11月上旬から下旬にかけて、真っ赤になったモミジが境内を鮮やかに染め上げ、秋の風情を楽しみながら散策できる、紅葉の名所としても知られている。
『延喜式神名帳』にある「多何神社(近江国・犬上郡)」は多賀大社に比定されるが、そこには「二座」とあり、多賀大社に一座、当社に一座という説がある。
また、御祭神は事勝国勝長狭尊(ことかつくにかつながさのみこと。別名は塩土翁)であり、イザナギとイザナミの御子であるとの説もある。胡宮という社号は珍しく、多賀大社の子の宮が縮まった、との見方もある。
神道・仏教美術学者である景山春樹は、神体山の信仰において、胡宮は高の宮(こうのみや)の約まったもの、と指摘。多賀大社の多賀の宮も高の宮(たかのみや)であり、同じ信仰形態からきた社号とする。
境内に磐座参道がある。青龍山の頂上の大きな岩が磐座で、龍宮を祭り、長寿・豊作・雨乞の祈願をしたという。麓から遙拝するため社殿を造ったのが当社だという。磐座は当社の奥宮であり、多賀大社の奥の院と呼んだ時代もあるという。
頂上付近の神聖な場所を境界(いわき)と呼び、一般人は立ち入りできなかった。「お池」で身を清め、供物を洗い、祭典の広場で、春秋の祭りの式典を行った旧跡もあるという。
創建は不詳。第三十代敏達天皇の勅願とも言われる。鎌倉時代には、天台宗敏満寺の鎮護の神として栄えた。
境内には寿命石と、石の玉垣内に枕石がある。僧俊乗坊重源は、後白河法皇の宣旨を受け、奈良東大寺の造営勧進を進めるため、当社に参籠し、延命祈願し、霊験があり、20年延命したと伝わる。
鎌倉時代前期の銘がある境内の銅製五輪塔は、重源が祈願成就に伴い寄進したものと伝えられ、国の重要文化財に指定されている。
往時は48伽藍120坊の規模があり、浅井長政・織田信長の焼き討ちにあって衰退したが、寛永15年(1638年)、三代将軍徳川家光の命により、多賀大社、大滝神社とともに社殿が修復された。
本殿は三軒社流造で、県の指定文化財。山腹には無数の石仏谷(国の指定文化財)があり、それを下ると広大な宿坊舎跡が確認できる。
社務所は、敏満寺の福寿院だったが、その庭園は室町時代末期のもので、書院から眺めるように作られている鑑賞式林泉園。浮石を配した池には、この庭の中心である水月亭が池に浮かぶように立っている。「胡宮神社社務所庭園」として国の名勝に指定されている。
【ご利益】
延命長寿、病気退散、所願成就

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[電話]0749-48-0136
胡宮神社(このみやじんじゃ)は、滋賀県犬上郡多賀町敏満寺にある神社。御祭神は伊弉諾尊、伊弉冊尊。ゆかりが深く、2キロほどの距離にある多賀大社と同じ。参拝すれば、御朱印を頂ける。
例年11月上旬から下旬にかけて、真っ赤になったモミジが境内を鮮やかに染め上げ、秋の風情を楽しみながら散策できる、紅葉の名所としても知られている。
『延喜式神名帳』にある「多何神社(近江国・犬上郡)」は多賀大社に比定されるが、そこには「二座」とあり、多賀大社に一座、当社に一座という説がある。
また、御祭神は事勝国勝長狭尊(ことかつくにかつながさのみこと。別名は塩土翁)であり、イザナギとイザナミの御子であるとの説もある。胡宮という社号は珍しく、多賀大社の子の宮が縮まった、との見方もある。
神道・仏教美術学者である景山春樹は、神体山の信仰において、胡宮は高の宮(こうのみや)の約まったもの、と指摘。多賀大社の多賀の宮も高の宮(たかのみや)であり、同じ信仰形態からきた社号とする。
境内に磐座参道がある。青龍山の頂上の大きな岩が磐座で、龍宮を祭り、長寿・豊作・雨乞の祈願をしたという。麓から遙拝するため社殿を造ったのが当社だという。磐座は当社の奥宮であり、多賀大社の奥の院と呼んだ時代もあるという。
頂上付近の神聖な場所を境界(いわき)と呼び、一般人は立ち入りできなかった。「お池」で身を清め、供物を洗い、祭典の広場で、春秋の祭りの式典を行った旧跡もあるという。
創建は不詳。第三十代敏達天皇の勅願とも言われる。鎌倉時代には、天台宗敏満寺の鎮護の神として栄えた。
境内には寿命石と、石の玉垣内に枕石がある。僧俊乗坊重源は、後白河法皇の宣旨を受け、奈良東大寺の造営勧進を進めるため、当社に参籠し、延命祈願し、霊験があり、20年延命したと伝わる。
鎌倉時代前期の銘がある境内の銅製五輪塔は、重源が祈願成就に伴い寄進したものと伝えられ、国の重要文化財に指定されている。
往時は48伽藍120坊の規模があり、浅井長政・織田信長の焼き討ちにあって衰退したが、寛永15年(1638年)、三代将軍徳川家光の命により、多賀大社、大滝神社とともに社殿が修復された。
本殿は三軒社流造で、県の指定文化財。山腹には無数の石仏谷(国の指定文化財)があり、それを下ると広大な宿坊舎跡が確認できる。
社務所は、敏満寺の福寿院だったが、その庭園は室町時代末期のもので、書院から眺めるように作られている鑑賞式林泉園。浮石を配した池には、この庭の中心である水月亭が池に浮かぶように立っている。「胡宮神社社務所庭園」として国の名勝に指定されている。
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