伊達政宗を祀る明治期創建の神社、「仙台・青葉まつり」ゆかり
[住所]宮城県仙台市青葉区青葉町7-1
[電話]022-234-4964
青葉神社(あおばじんじゃ)は、宮城県仙台市青葉区青葉町にある神社。近代社格では県社。仙台藩の藩祖・伊達政宗をその神号である武振彦命(たけふるひこのみこと、贈従二位伊達政宗公)として祀る。参拝すれば、御朱印を頂ける。
明治6年(1873年)10月14日、旧藩士の松本喜蔵、丹野彦三郎・小泉長善を総代とした住民が、伊達政宗を祀る神社を建設する許可を宮城県に願い出た。
それによれば、天保の初年(1831年頃)、政宗を祀る神社を建てる許しを当時の藩主伊達斉邦が朝廷から得た。仁孝天皇の勅額をもって、城に近い亀岡に社を築く計画だったが、なぜか中止になった。
今、士民は貞山講という講を結び、忌日ごとに廟(瑞鳳殿)に集まり酒餞を供している。政府が許容してくれれば神明社(現 桜岡大神宮)の隣に社壇を設け神祭したいという。
宮城県は意見を付けずに教部省にとりつぎ、教部省が賛成して、12月22日に太政官が建設を許可した。この年には徳川家康を祀る日光東照宮が別格官幣社に認められており、諸藩の藩祖を祀る神社の創建申請が翌年にかけて全国で相次いだ。
実際に神社が建てられたのは、仙台城下町を南北に貫いて北に向かう奥州街道(通町筋)が、北山丘陵にぶつかって東に向きを変えるところであり、すなわち、城下一の繁華街であった国分町から一直線に北に向かった突き当たりである。
ここには伊達家の菩提寺で北山五山の中心の東昌寺があったが、東昌寺の敷地の西側三分の二が当社に提供され、東昌寺の建物はその東側の満勝寺跡地寄りの現在地に移された。
明治7年(1874年)6月25日に県社に列格されたのを機に、同年7月1日より創営に着手。本殿・拝殿・神楽殿・社務所などを建設し、同年11月11日に落成、同年11月15日に鎮座祭を執り行った。
明治14年(1881年)には石巻市に分祀している。その後、大正11年(1922年)より社殿の改築を行い、昭和2年(1927年)に現在の社殿が完成した。
なお、日本海軍の軽巡洋艦「名取」と重巡洋艦「青葉」の艦内神社に分祀。「名取」の艦内神社は他に、伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮を勧請したとも。
第二次世界大戦中に活躍した日本海軍の艦艇を擬人化したキャラクタである艦娘(かんむす)を強化・育成、正体不明の敵艦を撃破していくゲーム・アニメ『艦これ』ゆかり。
昭和15年(1930年)には別格官幣社に列してほしいという請願があり、貴族院の賛成議決を得たが、他の功臣を祀る神社との権衡がとれないという理由で内務省が反対、実現しなかった。
平成23年(2011年)3月11日に起こった東日本大震災では、鳥居が倒壊する被害を受けた。
現在の宮司は、仙台藩家老・白石城主片倉家の第16代当主である。ゲーム『戦国BASARA』のヒットにより、登場キャラクターである片倉小十郎の子孫に会うことを目的に当社を訪れる女性(歴女)が増加している。
境内社として伊達政宗の家臣を祀る祖霊社がある。他に、政宗の正室・愛姫(めごひめ)を祀る愛姫神社があったが、現在は本殿に合祀されている。
春の大祭は政宗の命日である5月24日と、翌25日に行われる。「仙台・青葉まつり」の起源となった。例祭は、政宗が中納言に任命された日を新暦に換算した10月9日・10日に斎行される。
なお、政宗の墓所は、仙台市青葉区霊屋下の瑞鳳殿(ずいほうでん)。位牌が若林区荒町の昌傳庵と松島町の瑞巌寺と、京都府京都市妙心寺塔頭蟠桃院にある。
仙台城址にある宮城縣護國神社は、もとは政宗や伊達家とは関係ない、英霊を祀る神社。現在はその別宮である浦安宮で政宗も祀られている。
【ご利益】
武運長久、開運、厄除け、子宝・安産、家内安全など

【関連記事】
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青葉神社(あおばじんじゃ)は、宮城県仙台市青葉区青葉町にある神社。近代社格では県社。仙台藩の藩祖・伊達政宗をその神号である武振彦命(たけふるひこのみこと、贈従二位伊達政宗公)として祀る。参拝すれば、御朱印を頂ける。
明治6年(1873年)10月14日、旧藩士の松本喜蔵、丹野彦三郎・小泉長善を総代とした住民が、伊達政宗を祀る神社を建設する許可を宮城県に願い出た。
それによれば、天保の初年(1831年頃)、政宗を祀る神社を建てる許しを当時の藩主伊達斉邦が朝廷から得た。仁孝天皇の勅額をもって、城に近い亀岡に社を築く計画だったが、なぜか中止になった。
今、士民は貞山講という講を結び、忌日ごとに廟(瑞鳳殿)に集まり酒餞を供している。政府が許容してくれれば神明社(現 桜岡大神宮)の隣に社壇を設け神祭したいという。
宮城県は意見を付けずに教部省にとりつぎ、教部省が賛成して、12月22日に太政官が建設を許可した。この年には徳川家康を祀る日光東照宮が別格官幣社に認められており、諸藩の藩祖を祀る神社の創建申請が翌年にかけて全国で相次いだ。
実際に神社が建てられたのは、仙台城下町を南北に貫いて北に向かう奥州街道(通町筋)が、北山丘陵にぶつかって東に向きを変えるところであり、すなわち、城下一の繁華街であった国分町から一直線に北に向かった突き当たりである。
ここには伊達家の菩提寺で北山五山の中心の東昌寺があったが、東昌寺の敷地の西側三分の二が当社に提供され、東昌寺の建物はその東側の満勝寺跡地寄りの現在地に移された。
明治7年(1874年)6月25日に県社に列格されたのを機に、同年7月1日より創営に着手。本殿・拝殿・神楽殿・社務所などを建設し、同年11月11日に落成、同年11月15日に鎮座祭を執り行った。
明治14年(1881年)には石巻市に分祀している。その後、大正11年(1922年)より社殿の改築を行い、昭和2年(1927年)に現在の社殿が完成した。
なお、日本海軍の軽巡洋艦「名取」と重巡洋艦「青葉」の艦内神社に分祀。「名取」の艦内神社は他に、伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮を勧請したとも。
第二次世界大戦中に活躍した日本海軍の艦艇を擬人化したキャラクタである艦娘(かんむす)を強化・育成、正体不明の敵艦を撃破していくゲーム・アニメ『艦これ』ゆかり。
昭和15年(1930年)には別格官幣社に列してほしいという請願があり、貴族院の賛成議決を得たが、他の功臣を祀る神社との権衡がとれないという理由で内務省が反対、実現しなかった。
平成23年(2011年)3月11日に起こった東日本大震災では、鳥居が倒壊する被害を受けた。
現在の宮司は、仙台藩家老・白石城主片倉家の第16代当主である。ゲーム『戦国BASARA』のヒットにより、登場キャラクターである片倉小十郎の子孫に会うことを目的に当社を訪れる女性(歴女)が増加している。
境内社として伊達政宗の家臣を祀る祖霊社がある。他に、政宗の正室・愛姫(めごひめ)を祀る愛姫神社があったが、現在は本殿に合祀されている。
春の大祭は政宗の命日である5月24日と、翌25日に行われる。「仙台・青葉まつり」の起源となった。例祭は、政宗が中納言に任命された日を新暦に換算した10月9日・10日に斎行される。
なお、政宗の墓所は、仙台市青葉区霊屋下の瑞鳳殿(ずいほうでん)。位牌が若林区荒町の昌傳庵と松島町の瑞巌寺と、京都府京都市妙心寺塔頭蟠桃院にある。
仙台城址にある宮城縣護國神社は、もとは政宗や伊達家とは関係ない、英霊を祀る神社。現在はその別宮である浦安宮で政宗も祀られている。
【ご利益】
武運長久、開運、厄除け、子宝・安産、家内安全など

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