読み:ほうこくじんじゃからもん
員数:1棟
種別:建造物の部 近世以前/神社
時代:桃山 桃山年(1573-1614年)
重文:1897.12.28(明治30.12.28)
国宝:1953.03.31(昭和28.03.31)
都道府県:京都府
所在地:京都市東山区大和大路通正面東入
所有者:豊国神社
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豊国神社の唐門は、桃山時代の建築で、本殿正面に建つ四脚唐門。前後唐破風側面入母屋造。西本願寺唐門・大徳寺唐門と並んで、桃山の三唐門の一つ。当社の拝殿・本殿の前に豪壮な威容を誇って建つ。

豊臣秀吉が25万人の工人と4年の歳月を掛けて完成した伏見城の城門だったが、城が破壊される際、二条城に移築され、その後、南禅寺の塔頭・金地院に移り、さらに当社に移築された。

南禅寺金地院の以心崇伝が寛永4年(1627年)に幕府から二条城の唐門を譲り受けたもので、二条城を経て、南禅寺金地院に移り、そこからの移築は間違いないものの、伏見城の遺構というのは伝承ともされる。

欄間や扉などに豪華な装飾が施されている。唐門正面に仰ぐ後陽成天皇宸筆の「豊国大明神」の勅額が、総欅造の門構え全体に漂う威厳をさらに引き立てる。

弓なりに反った檜皮葺の屋根や、門扉・大きな蟇股・随所に掘られた鶴、鯉、波、桐等の装飾が圧巻で、左甚五郎の作といわれる鶴の彫刻は、目を入れると飛んで行くから目がない。

豊臣家の家紋である「五七桐」も印象的。滝登りの鯉の彫刻は、秀吉にあやかって出世するように、などいわれている。

全体的に黒っぽい色合いを呈しているが、これは唐門が建てられたその当時、全体が漆で塗られていたため。彫刻もまた極彩色に彩られ、随所に金箔が押されていた、桃山文化らしい荘厳華麗を極めた門。
国宝豊国神社唐門
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