【日刊】日本の城
名称:春日山城(かすがやまじょう)
別称:蜂ヶ峰城

史跡:国の史跡
国宝:-
重文:-

住所:新潟県上越市中屋敷字春日山1357-1
日本100名城:第32番
  - スタンプ:春日山城跡ものがたり館(12月~2月は市埋蔵文化財センター)
春日山城(かすがやまじょう)は、越後国(今の新潟県上越市)にあった日本の城である。日本五大山城、日本五大山岳城に数えられる中世の山城で、主に長尾氏の居城であり、戦国武将上杉謙信の城として知られる。

南北朝時代に越後国守護である上杉氏が越後府中の館の詰め城として築城したのが始まり。主な改修者は上杉房定、長尾為景である。

1507年(永正4年)、守護代であった長尾為景が上杉定実を擁立して守護上杉房能を追放した。新守護として定実が府中に入ると、長尾氏が春日山城主となった。

上越市中部にある春日山山頂に築かれ、天然の要害を持つ難攻不落の城とされ、為景、晴景、上杉謙信(長尾景虎)、上杉景勝の四代の居城となった。

地域支配と侵攻に対抗するための拠点として、要害の地に支城・砦・館が配置されていた。山中には春日山城と支城・砦を結ぶ軍事用道路があった。

しかし、上杉景勝が会津へ移った後に越後を支配した堀氏は、政治を取り仕切るに不便として、1607年(慶長12年)に直江津港近くに福島城を築城して移り、春日山城はその役目を終えた。

別名を鉢ヶ峰城ともいう。「春日山」の名称は、奈良の春日大社から分霊勧請した春日神社に由来する。また、近くにある林泉寺の惣門は、春日山城の搦手門を移築したものであると言われている。

残されている多くの絵図に石垣や天守閣などが描かれているが、それらはなかったものと考えられている。厳密な時代考証に基づいた初の復元模型が完成、2009年1月から12月まで開催された「越後上越天地人博」で展示された。

1901年(明治34年)に春日山神社が創建される。
春日山城 越後国(新潟県上越市) - サムネイル写真
【関連サイト】
謙信公の居城・春日山城跡(かすがやまじょうあと) - 上越市