古来屈指の佳景、宇佐から石清水への途上で祀られた八幡
[住所]山口県下関市中之町1-1
[電話]083-231-1323
亀山八幡宮(かめやまはちまんぐう)は、山口県下関市にある神社。下関の総鎮守、長門国三宮(長門国三社)で、近代社格では県社、現在は神社本庁の別表神社。通称は亀山さま。境内には、山陽道の終点を示す碑が建てられている。
応神天皇(第15代天皇)、仲哀天皇(第14代天皇)、神功皇后を主祭神とし、仁徳天皇(第16代天皇)、武内宿禰(建内宿禰)をあわせ祀る。
享保年間の『防長社寺由来』によれば、貞観元年(859年)、行教が宇佐神宮から石清水八幡宮へ八幡神を勧請する途中、当時は島だった亀山に碇泊した。
そのとき、「この山は清浄な地であるので、しばらく祀ってから先へ進んでほしい」と神託があったため、亀山に行宮が設けられた。この行宮が当社の起源。
「亀山」という名称は、当時島の形が亀に似ていたとも、宇佐の八幡が祀られている山が亀山だからとも言われている。宇佐から石清水への勧請の途上を由緒とする八幡宮としては、他に、山口県宇部市の琴崎八幡宮、福岡県北九州市門司区の甲宗八幡神社がある。
長門国国分寺の守護神とも言われる。そうであれば、長門国の一国一社の八幡宮、国府八幡宮を当社が兼ねた可能性がある。
関門海峡鎮護の神社として歴代領主の大内氏・毛利氏らの崇敬を受けた。当社によれば、室町時代に明と貿易が始まると、遣明船は太刀を奉納し航海安全を祈願した。
戦国時代、当社も荒廃したが、大内義興が永正3年(1506年)に朝鮮国国主に当宮修復の寄進を要請し、その財でもって社殿・楼門等が修築したという。
十返舎一九の「金草鞋」に、「亀山八幡とて岩の上にありて波打際に石の鳥居立てり山上は見渡し絶景の処なり」とあるように、関門海峡の清流に臨み帯水を隔て九州を望見する佳景は、古くから「鎮西第一勝の地」(杏雨)、「西海第一関」(有朋)と称えられた。
古くは室町時代の連歌師の飯尾宗祇が「秋遠し亀の上なる峯の松」と詠じ、江戸時代の俳人大淀三千風は「亀の守神松風や常かほり」と吟じ、明治時代中期の地元の俳人中野水月は「風かほる宮居や洋を右左」と詠んでいる。
境内社として、宮地嶽神社(御祭神:息長足比売命・勝村大神・勝頼大神)、熊鷹稲荷神社(御祭神:倉稲魂命)、恵比須神社(御祭神:事代主神・大国主命)がある。
長崎県佐世保市に同名神社がある。広島県呉市には亀山神社がある。いずれも宇佐神宮とのゆかりが深く、宇佐=亀山によるものか。
なお、市内豊浦町黒井の杜屋神社も長門国三宮と呼ばれる場合がある。
【ご利益】
文化殖産の神様(公式HP)
【関連記事】
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[電話]083-231-1323
亀山八幡宮(かめやまはちまんぐう)は、山口県下関市にある神社。下関の総鎮守、長門国三宮(長門国三社)で、近代社格では県社、現在は神社本庁の別表神社。通称は亀山さま。境内には、山陽道の終点を示す碑が建てられている。
応神天皇(第15代天皇)、仲哀天皇(第14代天皇)、神功皇后を主祭神とし、仁徳天皇(第16代天皇)、武内宿禰(建内宿禰)をあわせ祀る。
享保年間の『防長社寺由来』によれば、貞観元年(859年)、行教が宇佐神宮から石清水八幡宮へ八幡神を勧請する途中、当時は島だった亀山に碇泊した。
そのとき、「この山は清浄な地であるので、しばらく祀ってから先へ進んでほしい」と神託があったため、亀山に行宮が設けられた。この行宮が当社の起源。
「亀山」という名称は、当時島の形が亀に似ていたとも、宇佐の八幡が祀られている山が亀山だからとも言われている。宇佐から石清水への勧請の途上を由緒とする八幡宮としては、他に、山口県宇部市の琴崎八幡宮、福岡県北九州市門司区の甲宗八幡神社がある。
長門国国分寺の守護神とも言われる。そうであれば、長門国の一国一社の八幡宮、国府八幡宮を当社が兼ねた可能性がある。
関門海峡鎮護の神社として歴代領主の大内氏・毛利氏らの崇敬を受けた。当社によれば、室町時代に明と貿易が始まると、遣明船は太刀を奉納し航海安全を祈願した。
戦国時代、当社も荒廃したが、大内義興が永正3年(1506年)に朝鮮国国主に当宮修復の寄進を要請し、その財でもって社殿・楼門等が修築したという。
十返舎一九の「金草鞋」に、「亀山八幡とて岩の上にありて波打際に石の鳥居立てり山上は見渡し絶景の処なり」とあるように、関門海峡の清流に臨み帯水を隔て九州を望見する佳景は、古くから「鎮西第一勝の地」(杏雨)、「西海第一関」(有朋)と称えられた。
古くは室町時代の連歌師の飯尾宗祇が「秋遠し亀の上なる峯の松」と詠じ、江戸時代の俳人大淀三千風は「亀の守神松風や常かほり」と吟じ、明治時代中期の地元の俳人中野水月は「風かほる宮居や洋を右左」と詠んでいる。
境内社として、宮地嶽神社(御祭神:息長足比売命・勝村大神・勝頼大神)、熊鷹稲荷神社(御祭神:倉稲魂命)、恵比須神社(御祭神:事代主神・大国主命)がある。
長崎県佐世保市に同名神社がある。広島県呉市には亀山神社がある。いずれも宇佐神宮とのゆかりが深く、宇佐=亀山によるものか。
なお、市内豊浦町黒井の杜屋神社も長門国三宮と呼ばれる場合がある。
【ご利益】
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