酒津のトンドウ(さけのつのとんどう)
種別1:風俗慣習
種別2:年中行事
公開日:毎年1月15日に近い土・日曜日
指定日:2007.03.07(平成19.03.07)
都道府県:鳥取県
所在地:鳥取市気高町酒津
酒津のトンドウは、鳥取県鳥取市気高町の酒津に伝承される小正月の火祭りで、トンドウと呼ばれる円錐形の大きな作り物を海岸につくって火を点け、正月に迎えた歳神を送るとともに、一年の無病息災や豊漁を祈願する行事である。
トンドウとは、火祭りの行事名称であるとともに、行事のときに松や竹、藁などを材料として作られる円錐形の作り物の呼称ともなっている。
トンドウは、酒津地区にある東条、大中条、小中条、西条、樽谷の五つの地区の人達によって伝承されてきた行事で、かつては旧暦1月14・15日に行われていたが、昭和30年代に新暦に移行し、近年は1月15日に近い土・日曜日を期日としている。
行事初日には、トンドウの組み立てと子どもたちによるコリトリ(垢離取り)が行われ、翌日の深夜、子どもたちによる火入れの予告の後、早朝にトンドウに火が点けられる。
行事の準備や執行は、酒津地区の7-12歳までの男子を中心に、区長や各地区の組長、参加する子どもの父親たちが世話役となって行われる。
子どもは、小学1年生から小学6年生までの男子に当たり、子どもたちの中でも、最高学年の小学6年生が頭送り、5年生が一番頭と呼ばれ、以下、学年順に二番頭、三番頭、四番頭、五番頭となる。
このうち、一番頭が行事の中心的な役割を担い、頭送りは一番頭の経験者として行事全体の補佐的な役割をつとめる。
コリトリは、子どもたちが浜で禊ぎをした後、トンドウの周囲を回ってから集落へ戻り、家々を清めて回る儀礼である。
子どもたちは裸足に上半身裸の姿で、手にモクと呼ばれる海藻を持ち、一団となって海辺へ向かう。浜に着くと、波打ち際に出てモクを潮水につけ、それをぐるぐると振り回しながら身を清め、トンドウの回りを三周する。
そして、何組かに分かれ、予めコリトリの依頼を受けている家々に行き、玄関先でモクを振り回しながら「ハライタマエ キヨメタマエ」と唱える。
こうして一軒の家を清め終わると、再び海辺に引き返して身を清め、トンドウを回った後、改めて次の家に向かう。子どもたちは、集落と浜を往復しながらこの儀礼を何十回と繰り返し、家々を清めて回る。
翌日は、深夜になると、子供たちがトンドウ宿を出発し、集落を歩いてトンドウに火を入れる予告をする。火入れの予告は、午前1時の「一番オタキ」、午前2時の「二番オタキ」、午前3時の「三番オタキ」、そして火入れ直前の最後の予告と都合、4回行われる。
子どもたちは「一番オタキだでぇー、トンド、トンド」などと威勢のよい声を出しながら集落内を歩き、家々に触れて回る。酒津の人達は、一番オタキの子どもたちの声で床から起き出し、二番オタキで赤飯を食べ、そして、三番オタキで浜に出る支度をする。
いよいよトンドウに火が点けられる。藁束に点けられた火がトンドウの下方に移され、トンドウは海風に煽られて、煙を巻くように出しながら大きな炎をつくって燃え上がる。
その周囲には、人垣が作られ、集まった人々は火に向かって手を合わせ、1年の無病息災や生業の安全を祈願する。この火で持参した餅を焼いて食べたり、灰をあびたりすることで、1年間は風邪をひかず、元気で過ごせるとされ、また、正月に迎えた歳神はトンドウの火や煙に乗って帰るという。
酒津の浜で焚かれるこの大火は、島根県の隠岐の島々からも見えるといわれている。
年頭にあたり、大火を焚いて1年の無事を祈ったり、生業を予祝する行事は、日本各地に地域的特色をもって伝承されているが、この行事は、トンドウと呼ばれる大きな作り物を燃やして歳神を送り、1年の無病息災などを祈願するもので、小正月に行われる火祭りの典型例の一つと考えられる。
また、子供たちによるコリトリの儀礼が伴うことや、頭送りや一番頭など伝承組織に年齢階梯的な秩序がよく守られているなど地域的特色も豊かである。
小正月の火祭りについては、これまで東方地方や関東地方の事例が主に指定されているが、この行事はこれまでに指定例の少ない西日本のうち、山陰地方沿岸部に伝承される特色ある行事として注目されるものであり、伝承状況も良好であることから、我が国の年中行事や民間信仰の変遷を考える上で重要である。
保護団体名:酒津とんど祭り保存会

【関連記事】
・左義長・どんど焼きとは? - 小正月に正月飾りを焼き上げる行事、日本三大左義長・日本一
・鳥取県の重要無形民俗文化財 - 都道府県別に整理
種別1:風俗慣習
種別2:年中行事
公開日:毎年1月15日に近い土・日曜日
指定日:2007.03.07(平成19.03.07)
都道府県:鳥取県
所在地:鳥取市気高町酒津
酒津のトンドウは、鳥取県鳥取市気高町の酒津に伝承される小正月の火祭りで、トンドウと呼ばれる円錐形の大きな作り物を海岸につくって火を点け、正月に迎えた歳神を送るとともに、一年の無病息災や豊漁を祈願する行事である。
トンドウとは、火祭りの行事名称であるとともに、行事のときに松や竹、藁などを材料として作られる円錐形の作り物の呼称ともなっている。
トンドウは、酒津地区にある東条、大中条、小中条、西条、樽谷の五つの地区の人達によって伝承されてきた行事で、かつては旧暦1月14・15日に行われていたが、昭和30年代に新暦に移行し、近年は1月15日に近い土・日曜日を期日としている。
行事初日には、トンドウの組み立てと子どもたちによるコリトリ(垢離取り)が行われ、翌日の深夜、子どもたちによる火入れの予告の後、早朝にトンドウに火が点けられる。
行事の準備や執行は、酒津地区の7-12歳までの男子を中心に、区長や各地区の組長、参加する子どもの父親たちが世話役となって行われる。
子どもは、小学1年生から小学6年生までの男子に当たり、子どもたちの中でも、最高学年の小学6年生が頭送り、5年生が一番頭と呼ばれ、以下、学年順に二番頭、三番頭、四番頭、五番頭となる。
このうち、一番頭が行事の中心的な役割を担い、頭送りは一番頭の経験者として行事全体の補佐的な役割をつとめる。
コリトリは、子どもたちが浜で禊ぎをした後、トンドウの周囲を回ってから集落へ戻り、家々を清めて回る儀礼である。
子どもたちは裸足に上半身裸の姿で、手にモクと呼ばれる海藻を持ち、一団となって海辺へ向かう。浜に着くと、波打ち際に出てモクを潮水につけ、それをぐるぐると振り回しながら身を清め、トンドウの回りを三周する。
そして、何組かに分かれ、予めコリトリの依頼を受けている家々に行き、玄関先でモクを振り回しながら「ハライタマエ キヨメタマエ」と唱える。
こうして一軒の家を清め終わると、再び海辺に引き返して身を清め、トンドウを回った後、改めて次の家に向かう。子どもたちは、集落と浜を往復しながらこの儀礼を何十回と繰り返し、家々を清めて回る。
翌日は、深夜になると、子供たちがトンドウ宿を出発し、集落を歩いてトンドウに火を入れる予告をする。火入れの予告は、午前1時の「一番オタキ」、午前2時の「二番オタキ」、午前3時の「三番オタキ」、そして火入れ直前の最後の予告と都合、4回行われる。
子どもたちは「一番オタキだでぇー、トンド、トンド」などと威勢のよい声を出しながら集落内を歩き、家々に触れて回る。酒津の人達は、一番オタキの子どもたちの声で床から起き出し、二番オタキで赤飯を食べ、そして、三番オタキで浜に出る支度をする。
いよいよトンドウに火が点けられる。藁束に点けられた火がトンドウの下方に移され、トンドウは海風に煽られて、煙を巻くように出しながら大きな炎をつくって燃え上がる。
その周囲には、人垣が作られ、集まった人々は火に向かって手を合わせ、1年の無病息災や生業の安全を祈願する。この火で持参した餅を焼いて食べたり、灰をあびたりすることで、1年間は風邪をひかず、元気で過ごせるとされ、また、正月に迎えた歳神はトンドウの火や煙に乗って帰るという。
酒津の浜で焚かれるこの大火は、島根県の隠岐の島々からも見えるといわれている。
年頭にあたり、大火を焚いて1年の無事を祈ったり、生業を予祝する行事は、日本各地に地域的特色をもって伝承されているが、この行事は、トンドウと呼ばれる大きな作り物を燃やして歳神を送り、1年の無病息災などを祈願するもので、小正月に行われる火祭りの典型例の一つと考えられる。
また、子供たちによるコリトリの儀礼が伴うことや、頭送りや一番頭など伝承組織に年齢階梯的な秩序がよく守られているなど地域的特色も豊かである。
小正月の火祭りについては、これまで東方地方や関東地方の事例が主に指定されているが、この行事はこれまでに指定例の少ない西日本のうち、山陰地方沿岸部に伝承される特色ある行事として注目されるものであり、伝承状況も良好であることから、我が国の年中行事や民間信仰の変遷を考える上で重要である。
保護団体名:酒津とんど祭り保存会

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