現在は松尾大社の境外摂社、壱岐との関わりが深い社家と御祭神
[住所]京都府京都市西京区松室山添町15
[電話]075-871-5016 - 松尾大社

月読神社(つきよみじんじゃ)は、京都府京都市西京区にある神社。松尾大社の南400メートルの地に鎮座し、松尾七社、松尾三社の一社。

延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 山城国 葛野郡「葛野坐月読神社」に比定される式内社(名神大社、月次・新嘗)。現在は松尾大社の境外摂社。

御祭神は月読尊(つきよみのみこと)。『古事記』にはアマテラスの弟、スサノヲの兄として登場する(厳密に言えば、性別は不詳)が、当社の御祭神は壱岐とのかかわりが深いことで知られている。

壱岐国 壱岐郡の式内社「月読神社/月讀神社」の論社である、長崎県壱岐市の箱崎八幡神社月讀神社などに関連伝承が残る。

『日本書紀』によれば、第23代顕宗天皇3年に任那への使者の阿閉臣事代(あへのおみことしろ)に月神から神託があり、社地を求められた。

朝廷はこの月神に対して山背国(山城国)葛野郡の「歌荒樔田(うたあらすだ)」の地を奉り、その祠を壱岐県主(壱岐氏、のち壱岐直)の祖である押見宿禰が奉斎したという。壱岐からの勧請と考えられる。

その後『日本文徳天皇実録』によれば、斉衡3年(856年)に水害の危険を避けるため月読社は「松尾之南山」に遷座されたといい、以後現在まで当地に鎮座するとされる。

このほか『山城国風土記』逸文によれば、月読尊が保食神のもとを訪れた際、その地にあった桂の木に憑りついたといい、「桂」の地名はこれに始まるという説話が記されている。

当社の禰宜は、松室氏(まつむろし)が担っている。松室氏は押見宿禰を祖とするといわれ、壱岐氏の後裔とされる。源平時代、松尾社家である秦氏と婚姻、以後、秦氏を名乗る。

中世には周辺に「禰宜田」と称する田畑のほか若干の社領を有したが、松尾大社の勢力に押されたと見られている。これらの社領は織田信長入京後も安堵された。

近世には完全に松尾大社に従属しており、社領として松尾神社神供料1000余石のうちから月読禰宜分100石1斗、月読祝分16石が配分されている。

明治維新後、明治10年(1877年)3月21日に松尾大社摂社に公式に定められ、現在に至っている。

境内にある「月延石」(つきのべいし)は「安産石」とも呼ばれ、安産の神として信仰されている。

『雍州府志』所載の伝説では、この石は元は筑紫にあり、神功皇后が第15代応神天皇を産む際にこの石で腹を撫でて安産し、のち第34代舒明天皇の時に当社に奉納されたという。京都のパワースポットの一つ。

4月下旬から5月中旬に行われる松尾大社の祭礼である松尾祭では、本社や他の松尾七社とともに当社も出御するが、当社のみ神輿ではなく唐櫃を出すこととなっている。

【ご利益】
子授け、安産(公式HP
月読神社 - 現在は松尾大社の境外摂社、壱岐との関わりが深い社家と御祭神
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