皇大神宮の80末社の一つ、『倭姫命世記』に創建が明記される式内社
[住所]三重県多気郡明和町大字大淀乙1
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竹大與杼神社(たけおおよどじんじゃ、竹大与杼神社)は、三重県多気郡明和町にある神社。

『延喜式神名帳』にある「竹大與杼神社(伊勢国・多気郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

『倭姫命世記』にある「大与度社」に比定される。倭姫命が定めた一社であり、創建は第11代垂仁天皇26年となる。御祭神は建速須佐之男命、後述するように、他20座を合祀している。

中世には二天八王子と称された。中世に二天八王子を疫神として域内の小祠に祀ったが、いつしか当社をも二天八王子と称するようになったという。

この小祀は明治3年(1870年)に内宮庁が社名を狭霧伸社と改めた。

室町時代の応永31年(1424年)から戦国時代の天正8年(1560年)までの約150年間にわたる大淀村二天八王寺御神事頭番帳がある。

明治4年(1871年)の神宮制度改革まで、伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)の80末社の一つであり、神宮が管理していた。

明治39年(1906年)、神饌幣帛料供進社に指定され、翌年に地区内の25社を合祀、現社号に定め、昭和26年(1951年)、豊歳稲荷神社を、また戦没者英霊を奉載する大霊神社を境内社とした。

例祭は10月20日。祇園祭が7月下旬。江戸時代より疫病退散、五穀豊饒、町内繁栄を祈念して、氏子の奉仕の下、山車が町内を巡行、夜は花火大会を奉行する。

【ご利益】
疫病退散、五穀豊饒、町内繁栄
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