くさふかあのくに - 元伊勢の第十八、唯一の不詳だが実は「関東」?
ヤマトヒメ来訪の伝承を伝える、埼玉県さいたま市浦和の調神社
元伊勢「草蔭阿野国」(くさふかあのくに)は、『倭姫命世記』に記載される元伊勢の第十八である。『皇太神宮儀式帳』には「安濃国」とある。所在地は不詳。

倭姫命が「奈其波志忍山宮」より遷り、天照大神を奉斎した。天照大神安住の地、現在の伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)を求める長い旅の途上。
次に、阿野県造の祖の真桑枝大命(まくはしおほのみこと)に「汝が国の名は何そ」と問ふと、「草蔭(くさふか)阿野国」と申上げて、神田・神戸を進った。

次に、市師(一志)県造の祖の建呰古命(たけしこのみこと)に「汝が国の名は何そ」と問ふと、「害行(あらひゆく)阿佐賀国」と申上げて、神戸・神田を進った。(『倭姫命世記』 口語訳
全くの不詳。元伊勢の中で比定できない唯一の地。伊勢国を巡行中のため、伊勢国内、少なくともその近辺とは考えられているかもしれない。

阿野津や安乃津とも表記される伊勢国安濃郡の安濃津、つまり現在の三重県津市、しかも次の阿佐加藤方片樋宮も津市にかかるため、その北方だとちょうどいいか。しかし、該当するような古社や遺跡などはない。

『神道集』6巻「第三十四 上野国児持山之事」にある「阿野明神」も所在不詳とされるが、この物語が伊勢の阿野津の地頭から話が始まることから、やはり津市近辺か。

ただ、その一方で、関東地方を含めた、東国ではないか、との指摘がある。

「草蔭阿野国」そのものの論考ではないが、ほぼ同じものを考察した論文に、廣岡義隆「「草蔭の安努」考 : 三重万葉研究(二)」がある。この中には「草蔭阿野国」についても触れられている。

全くの不詳ではあるが、想像をたくましくすれば、東国にも実は倭姫命や伊勢の神宮との密接なつながりは見て取れる。

例えば、埼玉県さいたま市浦和の調神社には明確な倭姫命の伝承が残っている。普通に考えれば、倭姫命が訪れているはずはない地。倭姫命の命令で鳥居を設けない伝統は、今も続いている。

東京の神田明神(神田神社)の「神田」も、時代は下るかもしれないが、伊勢神宮ゆかり。関東にも、倭姫命の足跡はないことはない。唯一の不詳ということもあり、発想の転換が必要かもしれない。

調神社

調神社 - ウサギの神使で知られる鳥居のない古社、『浦和の調ちゃん』とのコラボ
[所在地]埼玉県さいたま市浦和
[社格等]式内社 - 県社 - アニメ聖地
[ご利益]ツキ、運気上昇、開運、五穀豊穣、財運、厄祓い

神田神社

神田神社(千代田区) - オオクニヌシや平将門などを祀る江戸総鎮守「神田明神」
[所在地]
東京都千代田区外神田
[社格等]準勅祭社府社 - 東京十社 - 新・東京五社
[ご利益]縁結び、商売繁昌、除災厄除など

元伊勢を巡る
前へ:奈其波志忍山宮(なごわしのあしのやまのみや)
次へ:阿佐加藤方片樋宮(あさかのふじかたのかたひのみや)

【関連記事】
元伊勢とは? - 伊勢神宮の元宮、『倭姫命世記』に記載された二人の皇女ゆかりの地
『倭姫命世記』(8) - ヤマトヒメ伊勢国入り 大若子命と出会い、「阿野国」まで
神社いろいろ - これで神社のおよそが分かる! 社格や形式などで神社を分類したまとめ
ヤマトヒメ来訪の伝承を伝える、埼玉県さいたま市浦和の調神社